札幌南徳洲会病院看護部長 工藤昭子の やさしさビタミンブログ
南青洲産野菜初収穫!
5月31日(水)の午後、「あ・ぐり~んプロジェクト」の3回目が行われました。
苗や種を植えるのも今回までで、あとは日々の手入れをしながら収穫を待つのみです。
4Fの「ふれあい空のガーデン」前には5名の患者さんとご家族、職員が集まりました。
プランターに植えたラディシュがちょうど食べごろになったので、集まっていただいた患者さんに一つずつ手で収穫していただきました。
雑作もなく簡単に抜くことができる方もいれば、手に力が入らない方もいますので、ご家族や職員が少しお手伝いして全部で10個ほど採れました。
ついでにプランターで育てているイチゴの受粉作業もしてもらい、普段とは違う患者さんの表情を知ることができました。
そして一通り終わったあとで、参加者のおひとりが
「今日は楽しかったですね。私、ここにきて良かったです。皆さんはどこのお部屋にいる方か、今日初めてお会いした方ばかりですので握手をしてください」とおっしゃって、近くにいる方に手を伸ばしました。
それを聴いて、別の患者さんも
「じゃあ私も握手してもらおう」とおっしゃって、和気あいあい、全員と握手をしあいました。
最初の方が
「じゃあ今日はこれでおしまい、またお会いしましょう」と言って拍手して、そこにいた方がみんな笑顔になり、拍手して終わりました。
なんともすばらしいクロージングです。
ひとつのイベントが大きく膨らんで、次回への期待と余韻が広がりました。
こんな風になることは予想もしておらず、皆さんが笑顔でお部屋に帰る姿を見て、仕掛け人の私は胸がアツくなったのです。
今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
ラディッシュはもちろん、給食に出ましたよ!
Out of the box ! 外へ出でよ!たくさん学んでたくさん感じて、帰っておいで。
植物と関わるようになってから、思考が深まってきました。
当たり前のことですが、種から急に作物にはならないわけでして、芽が出るのをじいっと待つ時間が必要ですし、適した土壌、光、水、養分を与えて病害虫から守り、植物ごとにそれぞれ育ち方があるのだと教わっています。
同じ様な環境を与えていても、場所が変われば育ち方に差が出て、いったい何が違うのかと頭を悩ませます。
ただ風が強ければ風よけを工夫し、雨が降る前に肥料を土に混ぜ、トマトは脇芽をかく。
こうしたひと手間を加えて、きっと来週には大きくなっているはずだと信頼し、翌週背丈がぐんっと伸びていたりすると、声なき植物が期待に応えてくれたようで、かわいくてたまらないものですね。
いくつになっても興味のあることを学んで元気にのびのびと育ち、他者のために貢献できる。
仲間や上司と信頼関係で結ばれている。
強みが仕事の一部になっている。
これが私の目指す日本一幸せに働ける病院の姿です。
全ての人に公平に、必要なタイミングで水や肥料を差し出したいと思ってますが、自分の目利きがまだまだ不十分です。
ただ今年はひとり、またひとりと何人か外に出して知識の泉を浴び、他者と関わり、学ぶ喜びを感じてきてほしいと思っています。
きっとその体験が養分となって、ぐんっと背が伸びてくると思います。
そして留守を守る他のスタッフもまた、成長する機会を得ます。
「Out of the box」は私が研修で教わった言葉です。
その時はブレイン・ストーミングをしていたので、既成概念を打ち破り、自由な発想で何を言ってもいい、という意味合いで使われた言葉でした。
学びが刺激となって、海外に飛び出した人もおります。
それはその人の成長のプロセスですから、(職場としては悲しいけれども)とても喜ばしいことです。
何がきっかけになるかわかりません。誰と出会うかによっても変化しますし。
それを運命というか必然というか。
私がそういうチャンスをかつての上司からいただいたように、同じことをバトン渡ししていこうと思っています。
今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
その一歩を踏み出す勇気が大事ですね。
「人生フルーツ」、観てきました。
巷で評判の映画「人生フルーツ」をようやく、観てきました。
90歳と87歳のご夫婦の、スローライフのドキュメンタリーで、ナレーションは樹木希林さん。
これだけでもかなりそそられるのですが、観終わった後からずうっと考えに耽っております。
この映画は、いろんな切り口から誰かと話したくなる。
まるで自分がこのご夫婦の知り合いにでもなったみたいに。
ご夫婦は愛知県の昔開発された「ニュータウン」の一角に、住んでいます。
ご主人は過去住宅公団の建築家として、高度成長期に都市計画に携わっていました。自然と共生し、ところどころに雑木林を作って風の通り道のあるデザインにしたいと考えていたのに、経済性と効率優先で、無機質な団地群になってしまいました。
そのアンチテーゼとして、自分の関わったニュータウンの一角に土地を買い、平屋の家を建て、雑木林を育てながら長く住んでいるのです。
枯葉やコンポストで作ったたい肥を土に漉き込んで、野菜や果物を作る。
できた作物で手間をかけた食事を作る。
(土鍋のシチューや手作りおやつがなんておいしそうな!)
買い物は対面販売の店で、信頼してる人から買う。
お店の人に「美味しかった」とお礼の手紙を書く。
そこここにユーモアと、いたわりのコトバ。知恵と工夫。
こんな丁寧な暮らしぶりが続くのだけど、観ていて全然飽きることがありません。
とにかくお二人ともよく動き、よく働き、手も頭も使い、笑顔が絶えません。
まぶしいほどにお元気で、健康です。
経済性と合理性の渦の中に、私も長いことおりました。
人生も仕事も、本当に大事なことは何かな、と考えさせられます。
「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」という映画の中のコトバに、過去を深く恥じ入る私です。
今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
あんまり書くとネタバレになるので、興味をそそられたらぜひ観に行って下さいませ。
札幌はシアターキノで。
病院だけど、もっと普段の暮らしを取りいれたいのです
「あれは俺の植えた葉っぱか?」△△さんが、窓の外を指さしています。
ーはい、そうですよ。
「ちゃんと水、やってくれるんだろうな。それが大事なんだぞ」
ーはい、わかっております。ちゃんと毎日見に来て水やりしますから。
5月10日水曜日、4Fのサンルームでプランターに花や野菜の種を植えました。
屋上テラスには「ふれあい空のgarden」というすてきな名前がつきました。
病棟師長と車いすの患者さんが5人来てくれて、みんなでわいわいしながら一緒に土をいじりました。
バジルの種は風で飛んでしまうから、泥団子の中に種を入れて、プランターに埋め込みます。
「おにぎりみたいに丸めてね」とボランティアさんが言うと
□□さんが泥団子を口に入れそうになって慌ててみんなに止められました。
「おにぎり」という言葉がわかるってことです。
「あ・ぐり~んプロジェクト」はまさしくこんな光景を期待していました。
患者さんは病気を持っているけれども、24時間病人というわけではない。
むしろ退屈な日常を繰り返している人もたくさんいらっしゃる。
冒頭の方のように
「あれは俺の葉っぱだ」と言って、毎日見に行ったり。
ときどき一緒に水やりをして、成長具合を確認しに来たり。
採れた野菜を「旨いな」と食べていただきたい。
病院の中にももっと暮らしの生活感と主体性を。
家で暮らしてた頃のようなモノゴトを。
私どもの病院はケアに重点を置く病院なので
もっといろんなことに自由度があってもいいと思うのです。
患者さんも、看護師もね。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
早く音声でカルテ記録できるようにならないかなぁ!
会いたいと思ったら会いに行く。「そのうち」はもうないかも知れないから。
ゴールデン・ウィークはいかがお過ごしでしたか?
札幌は夏のような陽気になり、ちょうど桜が満開になりました。
私はおかげさまで暦通りのお休みをいただき、遠出はせず家の片づけなどをしながら過ごしました。
先月、私は一日の間にしばらくぶりの人に会う機会が2度もありました。
2度とも、会おうと思って時間を作ってくれた人がいたからできたこと。
日中は高校卒業以来三十数年ぶり、夜は以前の職場の仲間がおおよそ十年ぶり。
どちらもきっかけはFB(フェイスブック)でした。
昨年、私はとある決心をして、FBに自分の写真を出し友達以外にも公開しました。
続いて病院の看護部ホームページを作り、自分のブログ(これですね)を始めました。
ここに至るまではずいぶん勇気がいりましたけれども、おかげで高校卒業以来の友人たちと急速に仲が良くなったり、過去に一緒に働いた人たちと旧交を温めたりして、連絡が取りやすくなりました。
「会いたいね」
「よし会おう」
そう決まると私はすぐ行動するたちなので、スケジュールを確認したりお店を決めたりが楽しい時間になりました。
離れていた年月は「かくかくしかじかで」、今を生きるものとして新たに向き合っている、そんな気がしました。
FBの良いところは、最近の様子や発言から今のその人がわかるということですね。
昔話をしながらも、妙に最近のことはよく知っているから自然と波長が合わせられる、ちょっと不思議な感覚です。
会わなかった長い期間は、特段問題ではない。
久しぶりに会った人たちとは、まるで昨日まで一緒にいたかのように深い話をし、共に戦った(笑)日々を懐かしく思い返しました。
「会いたいね」が「いつかね」とか「そのうちね」って言ったら実現しない。
会いたいと思ったら会う。会いに行く。
「よし!行こう」って決心する。
その場で日にちだけ決めて手帳に書きこむ。
「そのうち」はもうないかもしれないから。
最近は年齢のせいか、特にそう思うのです。
今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
人のご縁ってほんとに有り難きこと。感謝、です。
あ・ぐり~んプロジェクト始動!
4月26日、病院玄関横にある小さなスペースに、ジャガイモ「キタアカリ」を10個植えました。
「あ・ぐり~んプロジェクト」の最初のイベントです。
昨年、花壇とこの小さな畑からたくさんの恵みをいただきました。
患者さん・ご家族・職員がしばしの間足を止めて花を見る。畑の作物を見る。
リハビリの目標地点になる。
収穫した野菜をみんなで分け合っていただく。
ボランティアさんと施設管理の職員とでほとんどお世話をしていただきましたが、今年はもう少しいろんな方にかかわっていただきたい。
そして患者さんやご家族の方にも土に触れられる機会を作りたい。
そんな気持ちで小さなイベントをすることに。
ついては、いいネーミングはないものかと募集したところ、総務課からいいのが出ました。
「agriculture × greening = あ・ぐり~ん」
agriculture「農業」という意味のアグリカルチャーと
greening 「緑化」と言う意味を掛け合わせた造語です。
花壇・畑の他に4Fのベランダにもプランターで植物を育てる予定になっています。
放置状態だった松の木も、寄せ植えで変身。
水やりに気を使いますが、きっと誰か手伝ってくれるでしょう(笑)。
ほんの10分くらい、水やりをしながら植物を見るだけで、心持ちが優しくなる気がします。
次回の「あ・ぐり~んプロジェクト」は5月10日(水)14:00~を予定しています。
どうか雨風のない、穏やかな日でありますように。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
今年もちょっぴり自給自足、目指してます。
病院ボランティアのごほうびとは?
こんにちは。
今日もボランティアさんのお話です。なぜそんなにボランティアさんのことを書くのかって?
私の中では外来や病棟と同じ、ひとつの部署と同じと思って愛を感じています。
それくらい、かけがえのない存在なのです。そして無償で来て下さる皆さんをいつも尊敬し、感謝しています。
今日はそんな中、深い言葉を教わったので、書いておきたくなりました。
当院で7年もボランティアをしてくださっているKさんが、こんな話をしてくれました。
「ボランティアを7年続けて思うのは、ボランティアは他者からの賞賛をじぶんのご褒美にしてはだめなのよ。他者からの賞賛をヨロコビにしていたら、賞賛がないと続かないの。形の見えないご褒美を自分でみつけられることが必要なの。自分にしか見つけられないご褒美がここにはあるんだよね。だから7年も続いている。」
これはすごく深いコトバだと思いました。
私はボランティアのヨロコビって、誰かの役に立ち、誰かに喜んでもらうこと。
それが純粋に次への燃料になって、小さな炎を燃やし続けているんだと思っていたから。
その活動がボランティアさん自身の生きがい・やりがいにつながるようにと院長たちも意識してくれています。
何かをする⇒役に立つ⇒喜んでもらえる⇒また次につながる
ここに人と人とのコミュニケーションがあって、心がふれあい、支援したつもりが自分の心もあったかくなって「ようし、また喜んでもらおう」となるわけですね。
Kさんがおっしゃっているのは、「ありがとう」などと明確に返していただかなくても、自ら手ごたえを見つけてつかむということで、今まで私がイメージしていたこととは少し違う視点や価値観を教わった気がします。
だから、今の私では考えが浅くて「なるほど!」とはいかない。
なにせ私自身がボランティア、継続したことないから・・(恥)。
もうちょっと教えてもらわなきゃ・・いや頭ではきっとわからないことなんでしょう。
だって7年ですから!
体を通った言葉はほんとに重みがある!
そしてほかのボランティアさんたちにも質問してみたくなりました。
ボランティアを続けている理由について。ボランティアのヨロコビについて。
きっといろんな答えが返ってくるに違いない、と思うのです。
今日もこのブログをお読み頂きありがとうございます。
何事も奥が深いですね~。
自分を真ん中に置いて
私の高校時代の同窓生が旅立ったことを、友人のフェイスブックで知りました。
クラスが違ったので、あまり接点はありませんでしたが、明るくて笑顔の素敵な人で、部活で活躍していたのを記憶しています。
仲の良かった人たちのコメントを読んでいるだけで、気配り上手な優しい人だったことが伝わってきました。
やりたいことも、やりかけのこともたくさんあっただろうと思います。
役割も責任も持っていただろうと思います。
彼女が生きたくても生きられなかった、今日を与えられたことに感謝したいと思いました。
彼女が「もし元気になれたらみんなに伝えたい」と遺した言葉が心に沁みたので、転載させていただきます。
読み返したいコトバがここにぎゅっと、つまっています。
「自分勝手でもいい。
宇宙に委ねて、自由でもいい。
楽に生きていいんだよ。
自分の人生を送っていいんだよ。
どんな人生を送る?
ワクワクしていいんだよ。
それを考えるんだ。
今度は、ちゃんと自分を
真ん中に置いてね。
弱さを見せていいんだよ。
楽に生きていいんだよ。
先ずは、弱さを出しやすい人に、そこから一歩ずつだ。
焦らず、一歩ずつだ。
直ぐには変わらないよ。
出来ることから始める。
自分の弱さを認めるんだ。
どんな自分でもいい、できなくてもいい。
ダメな自分でもいいんだ。」
彼女の言葉は一つひとつ、考えさせられるのですが、「今度は、ちゃんと自分を真ん中に置いてね」というコトバが引っかかりました。
自分らしく生きられる人生を、自ら意思決定して生きているかい?
そんな風に問いかけられた気がします。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。合掌。
私がブログで発信するきっかけになった憧れの人
私は2016年11月からブログとSNSを使って仕事のことを発信するようになりました。
発信しようと思った理由は大きくふたつあります。
昨年この病院に着任して、院内の様子を見て歩く中で、驚いたことがいくつもありました。
それまで関連病院にいたのに、この病院のことが全く分かっていませんでした。
特に緩和ケアのことは観念的な理解しかなく、実際のことは何一つ知りませんでした。
お恥ずかしい限りです。
自分がこれだけわかってなかったので、以前在職していた病院でも説明できるわけもなく、そして一般の方はもっと知らないだろうなと思ったのが発信のきっかけです。
そして発信のもう一つの目的・・看護部長の仕事で一番大きなウエイトを占めているのは看護師を集めることなのです。
看護協会やハローワークはもちろん、就職説明会に出たり新聞広告に載せたり、あるいは職員のつてを頼ったり。
できるだけお金をかけずに、優秀な人材を集めたい。
それはどの病院の看護部長も同じく考えていることだと思います。
憧れの勝原裕美子さん
私には看護部長として憧れている人が一人います。
以前聖隷浜松病院で副院長兼総看護部長をされていた、勝原裕美子さんという方です。勝原さんは百貨店勤務から転身されて看護大学に入られて、大学教授を経て病院の看護部長になられました。
翻訳された本「コード・グリーン 利益重視の病院と看護の崩壊劇」はかなりな衝撃を受けました。
それから看護の可視化ということに力を入れてらして、なかなか形に表しにくい看護の質を、数値で比較できるような研究をされました。
現在日本看護協会で行われている「労働と看護の質向上データベース事業 DINQL(ディンクル)」は勝原さんの研究がベースとなり、今や全国500以上の病院が参加するものに成長しています。
その勝原さん、実物はとても気さくな方で、看護部長をされていた時に「やらまい勝っちゃん」というブログを書いておられました。
私は講演でそのことを知ってから、ちょくちょく見るようになりました。
そこではDINQLを作ったとてつもない頭の良い人というよりは、現場を愛し、職員を愛するごく普通の方という感じがして、そのギャップに驚きつつも一層親しみが湧きました。
勝原さんは特に曜日には関係なく、書きたいことがあれば週にいくつも書いているようでした。
読書量も多く、週に何冊も感想を書いていることもありました。
看護部長としての考え方、職員への支援の仕方など参考になりましたし、なにより楽しそうに仕事をしていらっしゃいました。
私は日常のことで精いっぱいな新米看護部長だったので、心が折れそうになると「やらまい勝っちゃん」を開いて、勝原さんの、仕事を面白がる姿勢や物事の考え方にたびたび勇気づけられていました。
そして勝原さんが取り上げた本を買い求めては読み、少しでも近づきたいという気持でいました。
一昨年聖霊浜松病院を退職されてから、どういう活動をされるのか時々チェックしていましたら(まるでストーカーですね 笑)、今年の1月からオフィスkATSUHARAを立ち上げ、講演や看護師のキャリア開発の活動をされるそうで、またブログが読めることになって喜んでいます。
勝原さんのサイト⇒ http://office-katsuhara.com/
そして遅ればせながら、私自身も病院のことを楽しく発信して、未来に一緒に働く優秀な方に届きますようにと願っています。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
まだまだ力が入りすぎている私・・勝原さんチェックして見習います。
おめでとう!合格の春
早いもので4月を迎えました。
新生活に移行する人はしばらく緊張の毎日ですね。しっかりご飯を食べて、夜はお風呂につかり、しっかり眠って下さいね〜。
先日うれしいメールをもらいました。
以前の職場で働いていたナースからです。彼女・仮名で山ちゃんにしておきましょうね。山ちゃんとは、6年程前に病院の合同就職説明会で初めて会いました。
同じ学校の友人を伴って、2度私どものブースを訪れ「就職はここに決めています」と言ってくれたのを覚えています。瞳がキラリと光った目ヂカラの強い娘でした。
翌年就職の予定で準備していたのですが、国家試験でまさかの不合格となりました。幸い病院の配慮で看護補助者としての職を得ることができました。
友人と一緒に看護師としての第1歩を進むはずだった山ちゃんの心は、どんなに口惜しかっただろうか、と思いますが、彼女はそんなことは微塵も見せず明るく振る舞い、仕事を覚えていきました。
看護補助者の仕事は読んで字の通り、看護師が看護の仕事に専念できるように周辺の補助をする役割なのですが、患者さんとも関わりがあるし、看護師の仕事を横斜めから見るので、山ちゃんのようなセンスのある人にとっては、違った意味で学びの機会だったのだろうと思います。
山ちゃんはルーティン業務を行うだけではなく、段取りがよくてモノの在庫を切らさず、いつも整理整頓して仕事がきれいでした。
そして仕事の小さな疑問をそのままにしない、粘り強さがありました。子育てと仕事をしながら予備校に通い、模擬試験を受け、院内の国試対策講座にも欠かさず通って、ひたひたと準備を進め、翌年の春見事にリベンジしました。
看護師になってからも看護補助者だった経験から、後始末をキチンとする見事な仕事ぶりで、みんなの見本でした。国試対策講座の後輩に叱咤激励に訪れたり、私のやり方でよければ勉強の仕方を教えるよ、と合宿の提案をしてくれたりもしました。
そして2年働いた頃、山ちゃんから助産師の学校に行きたいと打ち明けられびっくりしました。元々助産師志望ではあったのだけど、看護師として働くまでの遠回りがあったりして、このままでいいかなと思う気持ちもありながら、やっぱりやりたいことにチャレンジしたいと思い、決意したとのこと。
本音を言えば、これから新人指導や委員会活動などに力を貸してほしかったけれど。
山ちゃんにとっての機は熟したのです。応援しましょう!
そして今度は看護師として夜勤もしながら、上手に時間をやりくりしコツコツ勉強して大学に入学しました。
あれから2年。私も病院を変わりましたので音信は途絶えていたのですが、その頃の仲間のつながりで連絡をもらいました。
有言実行。毎日小さな積み重ね。夢に向かってたゆまず進む。周りへの感謝を忘れない。
いろんなことを彼女から教わりました。
そしてきっとこのままじゃないと思う。
これからも注目してます。
今日もこのブログをお読みいただき、ありがとうございます。
冬があるから春がうれしいんだね。