札幌南徳洲会病院 看護部

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札幌南徳洲会病院看護部長 工藤昭子の やさしさビタミンブログ

クラスターとお掃除

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。

病院ホームページでお知らせの通り、当院ではクラスターが発生しています。
2021年4月に初めてクラスターが発生したときには、不安やら罪悪感やら様々な感情に押しつぶされそうになり、とてもブログを書くどころではありませんでした。
今回は、経験があり感染管理の認定看護師もいて、何をすべきかわかっていますので、感染が広がらないように精一杯守りぬこうとみんなで頑張っているところです。
そしてこのブログで、クラスターが発生すると中で何が起きているのかを書き留め、備忘録になればと思っています。

クラスターになると、何が困るかって途端に掃除ができなくなることです。感染リスクのあるエリアに清掃業者は入れなくなるためです。
それで受け持ちの看護師か看護補助者が、病室内やトイレを床掃除用のワイパーで掃除するのです。

これ、私のもやもやポイントです。
職員の数も少ないため、日常的なケアにかなりの負担がかかっています。
プラス感染対応でガウンを着たり脱いだり、時間も労力もかかっています。
患者さんの身体のこと・ケアのことだけで精いっぱいの看護師たちが掃除までしなくてはならない・・・これ、どうにかならないものかしら。
本来は病んでいる人のお部屋こそきれいにしなくちゃ、という気持ちも湧いてきます。

ここからは私の妄想ですが医療介護施設用お掃除ロボット、できないかなと。
夜間、患者さんが寝静まってから音を立てずに動いて床を動き回る。
人の動く気配があったらピタッと止まって「ボクはここにいます」とランプが点滅、人の動きを邪魔しないように数メートル間隔を開ける。
ゴミがいっぱいになったら基地に戻って充電と共にごみを吐き出して一カ所にまとめる。
そうやってぐるぐる動いて、朝までに病棟内の清掃が終了する。消毒機能・自浄機能もあるとなおよし!

そして清掃業者が入れない、ということについて。
これは契約上のことももちろんあるのですが、清掃の人たちを感染から守らねばならないという意味合いが大きいです。
けれどもこれからも第9波とか、新種の感染病があるかもしれません。
清掃業者が感染管理を学び、正しく行動することによって自分たちの身を守り、クラスターが発生しても「お任せください」と言えるなら、医療介護だけでなくさまざまな施設にとって大きな福音となるでしょう。
スペシャリストを養成し、感染認定清掃マネージャー(仮想)なんていかがでしょうか。
もしかして私が知らないだけで、すでにそんな動きがあるものでしょうか?

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
メーカーの方、どなたか作ってもらえませんか~?

久々の聞き書き~長谷川和夫さんのこと

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。
「部長、ちょっとこれ見てください。私、聞き書きしたものなんですが」
と言ってボランティア・コーディネーターの鈴木さんがA4にびっしり文字が書き込まれたプリントを持ってきました。
2021年の4月までゆる~く活動していた「聞き書き部」。
クラスターが起きてしまい、みんなで集まるのはしばらくやめとこうか、と決めてから1年半以上活動中止状態が続いています。

なにせ部長の私自身のモチベーションが下がったままで、再開はいつになることやら・・・という中、鈴木さんだけはコツコツとひとりで聞き書きを継続していました。
お母様の子供のころのことや戦争のこと、お父様との馴れ初め、子育てのこと。
語るごとにお母様の記憶は鮮明に呼び起こされて、お話は尽きなかったと言います。
なんとも温かい光景が目に浮かびます。

そんな鈴木さんが今回持って来てくれたのは、テレビのインタビュー番組の文字起こし。
長谷川式簡易知能評価スケール、で有名な精神科医・長谷川和夫先生の娘さんを取材した番組でした。
長谷川先生は認知症医療の第一人者であり、2017年にご自身も認知症になられたと公表しました。
その後も自分自身を観察して講演会で話すなどの活動をしてましたが、昨年(2021)年11月に老衰で旅立たれました。
番組では娘として、また高名な医師を支える秘書として共に行動し支えてきた中から感じた言葉を、お話されていました。

鈴木さんはこの番組を見て、「ウチの病院でやっている、カンフォータブル・ケアにも通じる大事なことが話されている」と思って書き起こししようと決めたのだそうです。
私一人で読むのはもったいないので、朝礼でこの話をして関心のある方にコピーを差し上げました。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
感動を伝える、というのは誰かの心に火をつけるね。

中村哲先生のドキュメンタリー映画

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。

10月の終わりに、映画「荒野に希望の灯をともす」を観てきました。
映画館で見るのはなんと1年ぶり。普段はネットフリックスなども見ますが、やっぱり映画館で、その世界に集中するというのがよいですね。
せっかく映画会員になったのに一度も行くチャンスがなかったのですが、この映画は見逃したくない!と心に決めて朝早く出かけました。
中村哲先生のことは、前野総長も四十坊院長も時々朝礼で話されるし、アフガニスタンで診療をするために福岡徳洲会病院で研修を受けに来られたことがある、という話も聞いていたので、親近感を持っていました。
本では読んでいましたが、中村先生の生き方や残していったものの全体像がよくわかりました。
先生を駆り立てたものは何だったのか、生きるために何が求められていたのか、政府に頼らず自ら支援するさまを、見ることができました。
病気を診て治療する、診療所を増やす、にとどまらず、生きるための水を確保する。
干ばつにより月面のようになった砂漠に、用水路を作る。
中村先生の目指すことに賛同した人が、一緒になって働く姿はなんとも清々しいものでした。
中村先生は凶弾に倒れましたが、天からの恵みは今も人々を支えています。
水と土、光。これで作物が実り、人の命が守られる。

恵まれた環境に生きていることに、それなのに不安や不満が蔓延している世の中に対して、いろいろと考えさせられました。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
チャンスがあれば、多くの人に見てもらいたいな。

コーチングからキャリアの源を学ぶ

こんにちは。
やさしさビタミンブログの工藤昭子です。

先日コーチングの勉強に行ってきました。
キャリアの指針を見つけるという副題がついていて、とても興味をそそられました。
キャリアといっても看護師としての転職の話だけではありません。
幼い頃に何になりたかったのか、看護師という仕事を選んだきっかけ、実際になってみてどうだったのか、そして今現在に至るまでにどんな機会を得て、意思決定をしてきたのかを振り返る学びでした。

私は幼いころ絵本を描く人になりたいと思っていました。
母が時々本を買い与えてくれて、それが私の年齢や興味にぴったり合ったものだったので、本好きな子供になりました。
父は寝る前にお話を聴かせてくれました。「昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」というはじまりは一緒で、そのあとは創作話でした。内容はいつも思い付きで、話の筋はあっちへこっちへと飛び、急に「続きはまた明日」と打ち切られることもあるし、父の方が先に寝てしまうこともありました。
「おじいさんとおばあさんは仮の姿で、実は宇宙人でした」と言われると、小さい私はワクワクして眠れず、「それで?続きは?」とせがんだものです。
打ち切られたお話の続きを考えるのが癖になり、未だに小説を読んだあとには妄想が膨らんで寝られなくなります。

幼いころにワクワクしたことというのは、働くことにまつわる過程と生き方に、どこかつながっているのかも知れません。
管理者がコーチングを学び、自分と一緒に働く仲間のことに関心を寄せていくと、普段は気づかない強みを発見する手掛かりになるなと思っています。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
図書館司書にもなりたかったなあ。

寄り添う朝

こんにちは。
やさしさビタミンブログの工藤昭子です。
週に2,3回朝の院内をラウンドしています。
目的は夜勤者を労うことなんですが、ときどき私の方が労われることもあり、そして小さな幸せを感じる時間でもあるのです。

先日は障害者病棟でこんな光景がありました。
ナースステーションのそばに、認知症の方と一緒に過ごす場所があるのですが、そこに副主任さんと患者さんが寄り添って座っていました。
朝というのは勤務者も少ないですし、やることがたくさんあります。
一般的な病棟だと「座ってないでこっちの仕事やって!」といわれるような光景ですが、ここのスタッフは認知症ケアを大事にしているので「今そこに座っていることが、なにより大事な仕事」という風に共通理解されているのです。

つまり
認知症の方に寄り添うケア > ルーティン仕事 ってことです。

ナースコールが鳴ってばたばた走っているスタッフがいても「大丈夫、あなたはそこでその方のそばにいることが今一番重要なミッション」と認識されているってことです。
もちろんものごとの重要度は刻々と変化していきます。
命に係わるようなことが別なところで起きていれば、優先度は当然変わっていくものです。
けれども、今は、この方のそばでその世界に一緒に入ることが優先される、そう私たちは判断したよ。っていうこと。
こんな文章で伝わっているでしょうか?

朝いちばんでこの光景を見られる。
なんて幸せな朝でしょうか。スタッフに感謝です。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
珈琲でも運んであげたいね。

相手に関心を寄せることがケアになる

こんにちは。
やさしさビタミンブログの工藤昭子です。
認知症カンフォータブル・ケアの研修生がやってきました。
一週間の学習プログラムは結構盛沢山です。
カンフォータブル・ケアの伝道師・棟方師長さんの講義から始まって、病棟での実践を語る長谷川師長さん、ふくじゅそう外来(認知症外来)の田村先生の診察にも入っていただきました。

合間に認知症ケア委員会にも参加しました。私も写真班として同席。
この委員会は平成28年に発足しました。当初は看護師だけでしたが、カンフォータブル・ケアを始めるにあたってコメディカルにも参加してもらうようになりました。
カンフォータブル・ケア導入以前に比べて自分たちのケアに対する考え方がどう変わったのか、研修生に教えてくれました。
少し抜粋すると・・
ナースA:以前は認知症患者さんが入院してくると「大変だな」と感じていたけれど、今は先に「せん妄が起きるかも知れない」と心構えができているので、あまり困ったと感じることはない。入院初日は環境が変わって混乱するので、まずはぐっすり眠ってもらおうと思う。次にこの方は何に関心があるのかなと聴く。将棋が好き、美空ひばりが好き、そういうことがわかれば、それを取り入れて一緒にすごします。
看護補助者B:今はとにかく会話をして、笑わせようとしています。その人の好きなこと・ダメなことを早く知るようにしています。自分で(対応が)だめだったら、他の仲間と一緒にやるとだいたいなんとかなるものです。
ナースC:焦ると状況を悪くするので、他の仕事を終わらせて、時間を取り本人の世界観に入るようにします。あとは、不快なことは早く終わらせるようにします。
ナースD:認知症があって、トイレに行くときにナースコールを押せない方に、センサーマットを使おうとすると「なんで(呼んでないのに)来るの?監視しているの?」と不快に感じられる人がいる。そういう時は遠めで見守ったり、たまたま近くを通りかかったようにふるまって演技している。

私はこれらを聞いてほほう~とうれしくなりました。
そのあと田村先生から「これまでの前向きな積み重ねが今に続いている。この人の嫌いなことは何だろう、好きなことはなんだろう、と考え対応を重ねていくことで、心に余裕ができる。認知症の人はいつも不安を感じている。その不安を少しでも楽にしてあげようと関わることが大事なんです」とコメントいただきました。

病気に関わらず相手に関心を寄せることが大事なんだなと、スタッフの言葉から感じたのでした。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
研修生が来てくれるって、自分たちのやってきたことの振り返りになるね。

自分にやさしく

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。

先日院内をラウンドしているとき、あるベテランナースから声を掛けられました。
「わたし、最近ジムに通い始めたんですよ。今まで運動のためにお金をかけるなんて、もったいないと思っていたけど、来年も元気に働くために始めました。行き始めたら楽しくなりました」

別の日、夜勤明けのナースの帰り際に
「わたし健康診断って大事だなと思いました。今度は人間ドックを受けようかと思っています」と話しかけられ、しばし立ち話をしました。

病院で働いているおかげで、春と秋にきちんと健康診断を受けることができます。
私自身、加齢とともにポンコツになってきています。冒頭のナースから、明日のことだけじゃなく、来年も元気で働くために今あなたは何をしているの?と問われた気がしました。
いい仕事をするために、自分のボディケアをきちんとする。
そして仕事中は能力を最大限発揮するという意思を、言外から感じました。
すごいなあ。スタッフに教えられて、ちょっと背筋が伸びました。

そして人間ドックを受けようと思い始めたナースの考えも大事だなと思いました。
人のケアをする仕事だからこそ、自分を大事にする。人のことばかり考えて、自分のことはついつい後回しにしがちです。医療者は特にそういう人種かもしれませんね。
でも自己犠牲は自分や周りを蝕んでいきます。
もっと看護師たちが楽に、楽しく働き続けられるように。
まだまだやることいっぱいあるな。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
自分にやさしくしてますか?

カンフォータブル・ケアを始めて5年経ちました

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。
研修や学会が対面式でもやるようになって、やっぱりうれしいです。
今月、離島の病院から看護師さんが研修に来てくれることになりました。2年越しでチャンスを待っていてくれたのだそうです。

当院では「ホスピス研修」と「カンフォータブル・ケア研修」の二つを受け入れてますが、今回は「カンフォータブル・ケア」のお申込みです。
何度かブログにも書いたのですが、初めての方向けにちょっとおさらいをしてみます。
カンフォータブル・ケアというのは認知症の方へのケアの手法です。2017年に提唱者の南敦司さんに研修会をしていただいて、病院全体で始めました。
カンフォータブル・ケアには「いつも笑顔」「いつも敬語」「やさしく触れる」などの基本的10項目がありまして、これを実直に守る、というのがケアの姿勢です。
これを守ることによって看護職員の態度が柔らかく優しくなり、それによって患者さんの心も落ち着いて、周辺行動(いわゆる困った行動)が徐々に減ってきます。自分たちの対応ひとつでこんなにも患者さんが穏やかになるのだとわかると、手ごたえを感じてきます。そして今度は患者さんにもっと喜んでもらいたい、という行動が増えてきました。

忘れられないのが一般病棟の夏祭りです。デイルームに手作りの大太鼓が設置されました。中身はポリバケツなんですが、それに紙を貼って色を塗り大太鼓が完成です。100円ショップで用意しためん棒をバチ代わりに、太鼓を叩いて盆踊りを踊りました。

看護師たちは祭りの法被を着て、病室を練り歩きます。寝たきりの患者さんのお部屋に入ると、患者さんは目をまん丸くしています。めん棒を手に握ってもらって、手作りの太鼓を胸元に近寄せると、懸命にめん棒を持ち上げようとします。なんとかコン、と当てることができて大満足。笑顔いっぱいの写真を撮影して、ご家族にプレゼントしました。

こうした小さな幸せごとを日々積み重ねて、5年という月日が経ちました。
外来でも病棟でも、認知症の患者さんが安全で穏やかに過ごせるような「寄り添い」がごく普通に見られます。
その方を抑えるのではなく、見守りながら一緒に過ごします。
こうしていくうちに、言葉や身体への抑制もなくなりました。

新しく入ってきたスタッフは驚きます。
けれども入ったところがそういう環境だと、それに倣うので当たり前になるのです。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
看護師たちが自発的にするところが、このケアのスゴイところ。

リアル

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。
医療者ゆえ、人が集まるところは避けて自粛生活を続けてきたわけですが、このところ少しずつ出かけています。
先週末はグループ病院の、副主任フォローアップ研修、その翌日は苫小牧市でリハビリテーション・ケア合同研究学会に参加して、久しぶりにリアル研修・リアル学会を満喫してきました。
どちらも医療者の集団ですから、マスクに手指消毒をして黙食を守り、静かなものです。
けれども「お久しぶり!元気だった?」に続くよもやま話、コロナコロナで疲れた心をお互いに聞いては慰めあう、このリアルな雑談はホント重要です。

ほんの数分ですが、懐かしい前職場で師長や副主任たちと言葉を交わしました。
彼女たちとの話から、クラスターがどれだけ医療者の心と体を蝕むか、環境の変化にどう合わせて自分らしく進むか、ということを考えさせられました。

そして翌日の苫小牧では、初めてのリハビリ学会でしたが、講演をいくつか拝見しました。リハビリと栄養、リハビリと薬剤というように、多職種が相互に関係しあいながら、回復を支援していく、そのような会合でした。

私は音楽療法の中山ヒサ子先生のご講演で座長をさせていただきました。
講演の中に、朗読と音楽の一節があったのですが、ちょっとご紹介しますと

「真珠というのは自分の周りに来た不純物を取り込んで、立派な真珠に育てている。
蝶のさなぎもやがて飛び立つための羽を、さなぎの中で大事に育てている。
人間もコロナのため閉じこもっているが、いいこともあった。
例えば心と体の声を聴くようになり、どうしたらよい気分で過ごせるかを考えるようになり、親切で思いやりのある態度が大事だと気づくようになった・・」
これは私の要約で、実際にはもっと子供でもわかるような言葉で語られて、音楽がそれに合うように流れています。

何かこう、頭と体にしみ込んでくるような、ずっと聞いていたい、そんなお話と音楽でした。

私たち医療者は出勤前に健康観察しなさい、とこの2年間ずっと言い続けてきました。自分と家族の健康を見つめ、けして無理しない、異常があったらすぐ連絡するというのは、すごく大事なことなんです。
「24時間、働けますか?」の時代に育った私は、意識をあえて切り替える必要がありました。でも、自分と家族の心身を大事にすることは命をつなぐことですから。
コロナによって得た人間の真珠とは、ありふれた日常を大切にするということだと思います。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
オンラインもいいけどやっぱりリアルは刺激的だな。

お知らせ, 音楽> | 更新日:2022-10-03

ナースコール考

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。
先週ナースコールのことを書いたんですが、今日は別な視点を思いついたので書いてみます。

月イチくらいで行くお気に入りのCaféは、店主一人でやっているところです。
私はここのランチとコーヒーを楽しみにして出かけています。
お店に入って席に着くと、お水が運ばれてくる。
メニューを選び、テーブルの隅に戻すと店主が注文を聞きに来る。
食べ終わるころには、すっとコーヒーが置かれる。
まあ、当たり前といえば当たり前ですが、タイミングを見計らっている感じが実に自然で心地よいのです。
他のお客さんも店主がひとりなのを知っているので、誰かの食事を作っているときに、レジに行くのは控えている節がある。
時間がかかっても誰も文句を言わず、のんびり待っています。
こんな思いやりのある時間の流れを、店主とお客が一緒に作っているような感覚があるから、きっと好きなんですね。

一方先日行ったとあるCafé。
入り口で席を見定めていると「お待ちください」と入店を止められました。
見ると席は結構空いているが、テーブルが片付いてないようです。
ひとり客なのでカウンター席に座りました。
水が運ばれてきたがしばらく待っても注文を取りに来ません。
テーブルの隅に卵型の呼び出しボタンがあり、どうやらそれを押さないと来てくれないということがわかりました。
押そうと思った瞬間にほぼ同時に2カ所から呼び出しが鳴りました。
カウンター内で何か作っていたスタッフが「順番に参りますのでお待ちください」と声を張り上げました。
ホール係が順番に注文を聞きに行くのを少し待ってから、私はボタンを押しました。
すると「順番に参りますので・・」と先のスタッフがまた声を張り上げました。

私はあなたの目の前に座っているんだけどな・・・

物言いは一見丁寧だけど、「今忙しいんだよ!」と心の声が聞こえるような声音でした。
そしてスタッフは誰もお客の方を向いていません。
呼ばれて初めて客席に行くから、コップの水が空になっていても気づきません。

コーヒーはおいしかったけど、精神安定上よくないからここはもう行かない、と思います。

呼び出しボタン(ナースコール)は便利な道具だけど、接客(看護)という仕事の本質を見失うとこうなっちゃうんだな。
ナースコールが鳴る前に行け、と先輩ナースから教わった世代の小言です。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
今日は辛口。

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