札幌南徳洲会病院 看護部

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札幌南徳洲会病院看護部長 工藤昭子の やさしさビタミンブログ

臨床宗教師 米本智昭さん 苦しみを共に感じて寄り添う人

当院には医療職者のほかに、ひとの心や魂を支える専門職が在籍しています。
「ケアする人びと」今日は「臨床宗教師」の米本智昭さんを紹介したいと思います。

―「臨床宗教師」という職業について説明していただけますか?

簡単に言うと「公的な場で活動する宗教者」のことをいいます。
昔はお寺も公共の場でしたが、東日本大震災をきっかけに、この活動が広がってきました。

―臨床宗教師になろうと思ったきっかけはなんですか?
遺族ケアももちろん大事ですが、生きていく間いっぱい苦しみを抱えていて、その苦しみを一緒に感じて一緒に答えを探しに行くこと、もともと生と死をつなげたいという気持ちがあって、亡くなってからではなくてその前の物語を知っていれば、たとえばお葬式だって自分の知っている身内のように涙を流しながら送ることができると思っています。

―東日本大震災での活動について教えてくださいー
3・11の後の宗教者は、自分の利害じゃなくて本当に苦しんでいる人たちに寄り添いたいという風に思いました。そこで宗教者と宗教学者が手を取り合って臨床宗教師というのが誕生したんですよね。
東北の震災の、一度に多くの人を見送らなければならなかった人の、残った人たちの苦しさ・・無念で亡くなった人たちを宗教者として弔う。
多くの宗教者たちが手をつないで、できることがあると感じたのがきっかけなんですよね。

―「臨床」って付くのはなぜなんですか?
岡部武先生と言う東北大学を出たドクターが在宅ホスピスをやっていらして、「死にゆく人にとって医師はなにもできない。暗闇に降りていく人にその先を示してあげられるのは宗教者だ」と言って、それで「臨床宗教師」が必要だ、と言ってくれたんですよね。ですから医療者側からの提言と言うか、それが先にあってそのあとに大震災が起きたんです。
ですからそこから公的な場で活動するという中に、病院も当然含まれていくという形になった。病院に入ることだけが臨床宗教師ではなくて、現実的にそういう要請があったし、そうおっしゃっる方がいたんですね。ただ急に宗教者に来て下さいと言って来たとして、いろいろなことを踏まえた人じゃなきゃ難しい場面もあったでしょうし、「宗教者はちょっと・・(困る)」という体験をお持ちのお医者さんのお話を聴くこともあります。
ですから現場の方に私たちは寄り添わせていただいて、受け入れて頂けるように変化していこう、という感じです。

―ここではどんな活動をしているか教えてください。
13時頃に来て13:30からのカンファレンスに同席しています。カンファレンスのあとに私を必要としてくれている人がいたら、師長さんから声がかかる。そのお部屋に担当ナースと医師と一緒に行って「初めまして」から入っていく。スタッフから一緒に考えてほしいんですと言われることもあります。

―カンファレンスで意見を求められることは?
あります。心がけていることは(自分が)医療者じゃないので、医療的な意味での介入ではなくて、その人らしさやその人の人生について焦点を当てたことをことを言わないとならないと考えています。
たとえば医療的には当たり前の行為だったとしても、その人の人生にとってはあるいは家族にとっては普通ではないことがあります。
その人の尊厳を考えた時にそれは正しいのか、医療行為としては正しくても患者さんは我慢しますし、そのルールに従わなければならない。
ということは(カンファレンスで)言うようにしているし、必要なことですよね。

米本さんが当院の職員になられてから早1年。今や欠かせない存在となっています。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
詳しくは「ケアする人びと」の欄をご覧ください。

https://sapporominami.com/wp/wp-content/uploads/2020/10/%E8%87%A8%E5%BA%8A%E5%AE%97%E6%95%99%E5%B8%AB.pdf

記憶の遺産~ドローン撮影しました~

今の病院のことを記録に残そう、と活動しているチームがあります。
M先生とふたりの師長さんで構成されていて活動は密かに行われています。
チーム名は忘れました・・たしか「今年〇歳」をフランス語に訳したような、そんな名前でした。

先日そのチームから職員にお誘いがありました。
病院の玄関前に集合してドローンで撮影しましょうという企画です。
最初は自分たちでドローンを買って撮影しようという話でしたが、技術的にむずかしそうということで挫折しかかりました。
そこに救世主登場です。
新病院を建設してくださっているN社のYさんがドローン撮影の達人でして。
図々しくもお願いしてみましたらご快諾いただけました。
(たびたびすみません)

お忙しい中かけつけてくださって、匠の技で10分ほど病院全景を撮ってくださいました。
飛び上がったドローンを見上げると両手両足を精一杯伸ばして飛んでいるように見えます。
なんともかわいい姿!
撮影された映像を見ますと天井があまりにもボロボロでびっくりしましたが、集まった職員が笑顔で手を振っている姿に、なんだか「きゅん」とします。

私たちが慣れ親しんだこの地域、住宅が立ち並ぶ風景が見渡せて、これからの大切な宝物・記憶の遺産になります。
Yさん、N社のみなさん、ご協力いただきありがとうございました。

今週もこのブログに来てくださりありがとうございます。
やぐらといい、ドローンといい、善き人に恵まれています。

粋なはからい

わたしたちの新しい病院は、もう3階部分まで立ち上がっています。
外側は雪が降る前に出来上がり、冬の間内装工事をする予定です。
基礎工事が始まってから半年、設計から建築という仕事は、なんと美しくてち密な作業なんだろうと感じています。
建築士と工事の方とはすっかり顔なじみになりました。
院長はほぼ毎日のように建築現場を訪れ、子供の成長を見るように嬉しそうにしています。

実は私どもは建築会社の方に図々しいお願いをしていました。
建物が完成するまでを記録に残したいと言って、建築事務所2階の柱に定点カメラをつけさせていただきました。
途中でデータを見てみると、土を掘っているところから徐々に地下部分が作られ、1階、2階と日々変化していく姿が写っています。
にょきにょきと姿を変えていくのを見るのは本当に楽しいものです。
建物が3階建てなので、いずれカメラの位置より建物の方が高くなってしまうことはわかっていたのですが・・・。

先日定例会議で現場を訪れたら、建築事務所にやぐらがくっついています。
なんだろうと思ったら、なんとそのてっぺんにあの定点カメラが設置されていました。
私たちの意図をくみ取って、建築事務所の方がご厚意でやぐらを建ててくださったのです。
建築事務所の屋根をはるかに超える高いところに設置されたカメラ。
データを取りに行くのは?院長?? 事務長??
と思ったら「僕たちが行きますから」とおっしゃって、事務所の方が高所用の器具を使いながらさくさく登ってくださいました。
その親切な心遣いと熟練した動作に「うわ~~」っと感動してしまいました。
なんてかっこいい!
そして何も言わず黙って相手の喜ぶことをする、粋な姿に心打たれました。

今週もこのブログに来ていただきありがとうございます。
設計も建築も人対人、なんだなあ。

雨雲の調節

私の母は54歳でがんと診断され、59歳の時に亡くなった。
「入院すると主体性が奪われるから、できるだけ入院したくない」と言い、亡くなる前日まで家で過ごしていた。家での暮らしは父が支えていて、慣れない食事の支度からトイレまで、つきっきりで看護をしていた。
自分で動けなくなってからは、葬儀のことや遺影に使う写真を母が自分で決め、それをひとつひとつ父が形にしていった。
今なら在宅緩和ケア診療所や訪問看護があるし、家で旅立つこともできる。
当時だってできなくはなかったが、死期を悟った母はおそらく家族の負担を考えて自ら入院を希望し、わずか1日で旅立っていったのだ。

亡くなってしばらくの間、父は呆けたようになっていた。
体が一回りしぼんでしまったかのように精気を失い、時間をどう使えばよいのかわからなくなってしまったようだった。
伴侶を失い、話し相手を失い、食べさせる喜びをいっぺんに失ったのだ。
「毎晩夜中の2時ころに、母さんをおぶってトイレに連れて行ってたんだ。眠くて辛いときもあったけどな、今それがなくなって、朝まで眠れるはずなんだが、毎晩2時になると目が覚めるんだよ。トイレに連れて行かなきゃって・・・困ったもんだな」

ゆっくりする間を与えず私たちは引っ越しの準備に父を巻き込み、スープが冷めないどころかあっついままの距離で暮らすようになった。
家で主夫業をお願いし、やがて地域の活動に自ら進んで行くようになっていった。
その時はグリーフ(悲嘆)ケアという言葉さえも知らなかったが、父が生きる力を持ち直して本当にありがたかった。

お墓参りに行くと、それまで雨が降っていてもお墓の前では必ず雨が止んだ。
お墓参りを終えて車に乗り込むと、待っていたかのようにサーっと雨が降り出すことが何度かあった。
「不思議だよね、誰か晴れ男か晴れ女なんだね」と言うと、父はあの世にいる母と連絡を取り合い、墓参りの間だけ雨雲を調節するよう頼んでおいたんだ、と笑っていた。

その父も鬼籍に入ってもう9年が過ぎた。
いまだにお墓参りに行くと雨に遭わずに済んでいるのは、父と母が調節してくれているおかげなのだろう。
空を見上げてありがとうと言う。家族にしかわからない話だ。

先日当院が主催する遺族会「ひだまりの会」に出席して、ご遺族の方の心境を聴かせていただいた。
当たり前だけど喪失の感じ方はその人それぞれで、温かい思い出を振り返る方もいらっしゃるし、頭がまっしろになったまま時間が止まっている方もいらっしゃる。
喪失感との向き合い方はいつか必ずこうなる、というものでもないし、正解もない。
ただここへ集って思いを分かち合ってくださり、心から感謝いたします。
私たちもみなさんのこと、気にかけています。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
時間と共に少しずつ、悲しみが抱えやすくなっていきますように。

静かな個展

札幌はひと雨ごとに気温が下がり、街路樹も紅葉してきています。
すっかり季節は秋になりましたね。

今私どもの病院のサンルームには油絵が10点ほど飾られています。
富良野のニングルの森、オンネトー湖と雄阿寒岳などいつか見た風景や、琵琶湖の蓮の群生やこんもりした川辺の紫陽花など、温かく心が休まる絵ばかりです。
この病院で以前看護部長をされていたSさんが、退職後の趣味で絵を始められました。

季節の変わり目にいつもお持ちいただいて、外来の待合室を彩っていただいていたのを、今回まとめて展示し静かな個展を開いています。
リハビリ中の患者さんがときどき足を止めて、絵に見入っている姿を見るとうれしくなります。
「ここに行ったことがあるよ」とお話くださると、自然と会話も弾みます。

9月・10月と私どもでは「ひだまりの会」というご遺族の会を催します。
故人を偲び、闘病を支えられたご家族を労う会ですが、私ども医療者にとってもご遺族にお会いするのは、共に伴走した「同士」をお迎えする気持ちで胸が高鳴ります。
大切なご家族が亡くなられた場所にまた足を踏み入れるのは、勇気がいることでしょう。
通り道に飾られた絵で心休まることができたら・・。
と、いつも陰で支えてくれているボランティア・コーディネーターの鈴木さんが、これらの絵を運び、飾ってくれました。

今年はコロナの影響で、ひだまりの会も慰霊祭も規模を小さくして行います。
けれども大切な人を思う気持ちはいつもと変わりません。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
どうかゆったりした時を過ごせますように。

いもほりCafé、オープンしました。

だんだんと陽が短くなってきましたね。
院長が毎朝めくる、移転までのカウントダウンカレンダーも300日を切った途端、急に日にちが過ぎるのが早くなった気がします。
そんな中今年も芋ほりをやりました。今年は密にならないように病棟ごとに時間を決め、3人くらいずつ降りてきてはおいもを掘って、じゃがバターと飲み物で2時間限りの野外Caféをしました。
数名のボランティアさんにもフェイスシールドをつけてもらって、お手伝いいただきましたよ。

実は畑のおいもはあらかじめ掘り起こしています。
手の力が弱くなった方でも拾い出しやすい様に、熊手を入れたら触れる位のところに埋めなおしています。

今年はベッドごと降りてこられた方も何人かいました。
職員が掘ったおいもを患者さんの手に載せて、土のにおいを嗅ぐ。
頬をなでる風を感じるだけでも、いい気持ち。
今年入職した職員が「いいですねえ。こういうことするなんて。患者さんがうれしそうです」と目を細めて言いました。
来年は移転を控えているので、いちごを沢山植えて、盛大にいちご狩りをする予定です。
新しい病院では、もっともっといろんなことができるといいなあ。


今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
クラークUさんの作るチラシがどんどんレベルアップしています。

ヘルメット

9月6日は防災訓練の日。
2年前の北海道胆振東部地震の後、私たちの防災訓練に対する意識はずいぶん変化しました。
正直に言うと以前は形骸化していたのですが、ブラックアウトをみんなで経験したおかげで、形式的な訓練は意味がないと思えたのが大きかったと思います。
せっかく訓練するなら、意味のあるものにしよう。
ということで今年のシナリオは地震発生→停電→火災発生→消火訓練までを含む超大作となりました。
災害本部立ち上げから、近隣住民が病院に駆け込みトリアージするところまでを、看護部の防災隊長と副隊長が考えてくれて、自然と気持ちがこもります。

訓練が始まり、停電になったところで私は1Fの災害本部に降りていきました。
明りのないフロントを見て、2年前の真っ暗な病院を思い出し身が縮む思いが蘇ってきました。
壁には災害情報をまとめるホワイトボードが用意されていて、病棟からヘルメットをかぶった看護師たちが次々降りてきて、患者や建物の状況を報告しました。

あら?ヘルメットをかぶってない看護師もいる。
尋ねると「まだ買ってもらってませ~ん」あらら、そうだったのね。
病棟ナースからは「部長、このヘルメット、髪の毛をお団子にしている人にはツライです。お団子のところで止まってそれ以上かぶれないから、頭にフィットしなくてぐらぐらするんです」
そっか、女子で髪の長い人は後ろで縛ってるか、お団子にしているからヘルメットがしっくりこない。そうすると頭の安全も守れないし、ぐらぐらするヘルメットだと頭が気になって作業に集中できないね。

帰宅してネットで調べてみると、女子用のヘルメットというものがあるんですね。建設業界にも女子が進出しているので、やっぱりこういうものは商品化されているんだ。
女子の1/3は髪を縛っているというデータを元に、縛った部分にヘルメットがあたらないように曲線をつけているとか。

「まだ買ってもらってない」部署がいくつかあるのが逆に幸いしました。
今度は女子用を買ってもらって、看護部は女子用を多めに備えよう。
訓練とはちょっと関係ないけど、そんなことを考えました。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
来年は新病院のシナリオを考えなきゃ!ふ~~~

一日3つ!感謝を書く習慣

私は今EMS(エッセンシャル・マネジメント・スクール)という社会人のオンライン大学院のようなところで学んでいます。
毎週講義を聴き、10名ほどのグループで対話しながら進むのですが、同じチームに慶応義塾大学大学院の前野隆司教授がいらっしゃいまして、そのご縁で「幸福学」という学問を学び始めたところです。

先日前野先生から送っていただいた本『7日間で「幸せになる」授業』(PHP研究所)を読んでいる最中で、その中で「これはいいな~」と思う習慣を今実践しているところなので、お伝えしたくなりました。
幸福になる因子は4つありまして、その中のひとつ「ありがとう力」を高めるトレーニングについてお伝えします。
自分の身の回りに感謝の気持ちを持つことで幸福度は高まります。
普段忙しくて感謝の気持ちを忘れがちですが、感謝の対象は実はいくらでもあるのです。
例えば私は朝出勤するとまず花壇と4Fの鉢植えたちに「おはよう。今日もきれいでありがとう」と声をかけています。
院内を歩くときは「(夜勤者に)患者さんを守ってくれてありがとう」「今日は誰も欠勤せずありがとう」「暑い中お風呂の介助を頑張ってくれてありがとう」などと言うようにしています。

これはメンタルトレーニングを学んでいた時にも教わったことがあって、以前から習慣にしていました。
けれども書き出すということまではしてませんでした。
そこで試しに手帳に書いてみることにしました。毎晩寝る前に手帳を開き、今日起きたことの振り返りをしながら書いています。そうすると脳が勝手に感謝の出来事を探すようになり、日々書くことが増えていきます。そして感謝する出来事が発生した時点で「これは夜、手帳に書こう」と自然にピックアップされるようになりました。

前野先生の本によると感謝の心を持つことによって脳内のセロトニンやオキシトシンという幸せ物質が増え、物欲やストレスが減るという研究もあるそうです。
1週間書き綴っただけですが、これは楽しい記録=記憶にもなることがわかりました。
書くことなんてないよ~という方は「今日は晴れててありがとう」からおすすめです。雨が降っていたら「畑の作物のためにありがとう」。曇っていたら「日焼けしなくて助かった。ありがとう」と言ったらいいのです。
感謝は思っただけでは伝わりません。コトバにして発信することで人に温かいエネルギーを送ることができ、書き留めることで自分のエネルギーになります。
振り返って読むとその時の感情が湧きあがり、また感謝の念がよみがえってくるような気がします。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
そういえばこれも感謝でしたねえ。

聞き書き部、再開しました。

しばらくぶりに、聞き書き会を開きました。
コロナで休止していたのですが、少人数ですので感染管理に注意を払って再開することにしました。
主催者である私も、聞き書きのことがよくわかっているわけではありません。
だから見よう見真似、お互いの知識や実践を共有しあってゆる~く前に進もうと思っています。

今回実践報告をしてくれたメンバーは、齢90を超えたお母様のお話を聞き書きにしてくれました。
そしてそれを朗読してもらいました。私は目をつぶって、頭の中で想像力を働かせて聞き入りました。
親の話を改まって聴くというのは、切り出し方も気恥ずかしいものです。
そのメンバーはあらかじめ聞き書きというものについてお母様に説明し、そのうえで何度かにわけて聴き取り、録音して文字起こしをしました。
枚数にするとA4サイズ数ページに渡ります。
お母様の子供のころの情景、戦中戦後の暮らしぶり、結婚に至る経緯、子育て中のことなどが次々に出てきました。一人の女性のファミリー・ヒストリーです。
回を重ねるごとに物語が整理されて、時系列に沿って話そうとするのがわかって、驚いたといいます。

親の話をこうして改まって聴くことって、意識しないとあまりないように思います。
子どもの側も、自分が年齢を重ねるうちに「お母さんにも私と同じ年齢だった時があったんだよな」と思いを寄せることができます。
今よりも不便なことがたくさんあったけれど、モノがないからこそ知恵と工夫で心豊かな時代を送っていた。そんなことがわかります。

誰しも自分に関心を持ってもらって話を聴いてくれるって、うれしいものです。
お母様は目に浮かぶ情景を生き生きと語られています。
これまで特に思い出しもしなかったことが、聴かれることによって、引き出しを次々開けたみたいに飛び出してきます。
それを黙って聴いている私たちにも、尊敬と感謝の念が自然と湧いてくるのがわかります。
命がつながって、今わたしたちがここにいる奇跡を感じるのでした。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
体験入部した人から「これは楽しい部活ですね~」と言われたのがうれしい私です。

穏やかな一週間

8月某日

朝7:30の歩き回り。
ホスピスのガーデナー(植物を育てるのが上手な看護師)が夜勤明けの朝を迎えていました。彼女が育てた鉢のうち、一度すくすくと伸びてきたのに、一気に葉が落ちてしまったアボカドがありました。茎が50センチほど残って、誰の目にも「ああ、残念だったね」という姿だったのですが、ガーデナーはあきらめません。
「茎がしっかりしているので気長に待つことにします。見守っていてください」という札を下げてそのまま窓辺に置いてありました。
そうしたら本当に見事に再生して、今では大きな葉をつけています。
信じて待つ、ってこのことだなあと教わりました。

8月某日
透析室へ行くと、おいしそうなお寿司のイラストが目に飛び込んできました。
透析患者さんは水分や塩分やカリウムなどいろいろ気を付けないとならないのですが、お寿司をすこしだけ食べたいというのも人情。それでお寿司一つがどんな成分なのか、ネタごとに調べたものを一覧表にしたのだとか。ごくろうさま。
他に果物編もあるそうです。
役立ててくれたらいいね。

8月某日
「部長。ご家族からいただいたお手紙です。コピーしておきましたので、お時間ある時読んでください」
私はこういうことされるとうれしいんだな。
親御さんへの深い愛情が伝わる、しかも私たちへのねぎらいや新病院への期待がつづられた温かい文章に、ついほろり。
「見せてくれてありがとう、素晴らしいご家族さんとの関係性だったね」とお礼を言うと
「あのご家族さんは、私たちと間違いなく“チーム”でした。一緒にこの数年やってきた、という気持ちがします」という師長さんの言葉に胸がアツくなる。

8月某日
院長のいない一週間は、カウントダウンカレンダーを看護部で破かせていただきました。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
この平和な日々に感謝。あ、院長がいなかったから穏やか、という意味ではありませんよ。念のため。

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