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2021年10月

ホームホスピス北海道、始まる

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。

20年ほども前の話です。訪問看護をしていた頃、ひとりのがん患者さん(仮名・山田さん)のご自宅に伺いました。
11月の冬の始まりは、札幌で最も寒く感じられる季節です。
玄関で靴を脱いで板の間に上がると、靴下を通してもその冷たさが足裏から全身にしみ込みました。突き当りの居間の扉を開けるとふわっと暖房の温かさが感じられてほっとします。よかった。暖房をつけててくれた、と安堵。

一人暮らしの山田さんは居間に布団を敷いて、周囲に必要なものをぐるりと置いて静かに暮らしていました。ティッシュや時計、耳かきやラジオ、日記とペン、茶渋のついた湯飲み。お菓子やパンの袋。
「ここしか火を焚いてないから、こっちに来て温まりなさい」と私を気遣ってくれました。
私は血圧や脈を測り、点滴を繋いで帰る。その30分ほどの時間を週に何度か過ごすだけでした。
徐々に体がしんどくなってきて、一人暮らしももう限界じゃないかと思い始めたころのことでした。そろそろご本人の考えを確認したほうがよさそうだなと思いながら訪問しました。

いつも通り血圧を測ってから、湯飲みに白湯を注いで渡すと
「僕が死んだらさ、この家もらってくれないかな」と突然仰いました。
びっくりしてなんの冗談かと聞き返すと
「いや、冗談なんかじゃないさ。ほんとにもらってくれないかなと思ってね」
山田さんは奥様をずいぶん前に亡くされています。息子さんたちは本州で仕事をしていて、もうこっちには帰ってこない、そんな事情も聞いてはいました。
「家なんてさ、建てるまでが楽しいんだよね。住む人がいなくなると途端に持て余す。2階なんてもう、何年も入ってないからどうなってるかわからないけどね」山田さんはふふっと笑いました。
未熟な私はとまどい、どうしてそんな風に思い至ったのかを聞くこともできませんでした。
「お気持ちだけありがたくいただきますね」とやんわりお返しして家を後にしました。
山田さんは冬の間に病院に運ばれ、息子さんが駆けつけてから旅立たれました。

あの家の中の様子や床の冷たかったことなどが急に記憶の底から蘇ったのは、先日「ホームホスピス北海道」を立ち上げた半澤博恵さんが当院に来られたからです。
ホームホスピスというのは九州・宮崎発祥で、一軒家を使わせていただいて、その家の家具や食器ををそのままに利用しながら、家で最期まで過ごすことを実現するものです。https://homehospice-jp.org/
使われなくなった部屋が誰かの部屋になり、台所からまな板とんとんと音が聞こえる。戸棚で眠っていた食器が活気づく。温かい空気が家に満ちて、人の気配が心地よい。
そんな風に使ってくれたら、家も喜ぶでしょう。

今なら山田さんの真意を聞くことができるなあと思うのですが。
所有へのこだわりから解放されて、家が生きる方へと考えたのかなあ。
じっくり聞いてみたいところです。

今日もこのブログに来てくださりありがとうございます。
いよいよ北海道でも、ホームホスピス。応援しています。
以前のブログにも書いてました。 https://wp.me/p84aZK-E9

世界でたった一つの、私だけの服

病院にボランティアさんがいることを、私たちは「社会の風が入る」と言っています。
医療者でもなく患者でもない、ごく普通の人が、普通の格好をして普段の暮らしを院内に持ち込むことで、患者さんは当たり前の日常を感じることができます。
そして医療者も普通に生活する人の感覚を取り戻すことができるのです。

ボランティアグループ”せら”の中でソーイング(裁縫)チームは、入院患者さんの暮らしの環境を確実に豊かにしてくれています。
イベント時の着ぐるみで笑いを取り、ベッド周りに彩りを添え、輸液ポンプの「医療的な姿」を温かく消し、ふんわりあったかなぬくもりを感じさせてくれる存在です。

世の中お金を出せばなんでも買える。でも本当にそうでしょうか。
病気のために既成の服が合わなくなった方がいます。
このデザインが気にいってたのに。この柄が好きだったのに。
脚のリンパが腫れて入らなくなったズボンやスカート。お腹が張って傷つきやすくなった皮膚。
そういう患者さんの洋服を直すことで、もう一度おしゃれを楽しむことができる。

ソーイングチームの中心Kさんは、着られなくなった患者さんの洋服を上手に再生してくれます。
肌を傷つけないようにウエストにはゴムを緩めに入れて柔らかな綿で覆ったり、縫い目が肌に触れないように工夫してくれます。
既製品では得ることのない、細やかな気遣いで、世界にたったひとつの価値ある洋服になるのです。
ポイントは①買わずに作る ②味のあるリサイクル ③世界にたった一つの価値あるもの、なのです。

患者さんや職員に喜ばれた形あるものは数知れず。
作ったものが誰かの体験となって記憶に残っていきます。

今日もこのブログに来てくださりありがとうございます。
自分のすることが誰かの役に立つって幸せですよね~。

あなたの「ふつう」とわたしの「ふつう」

こんにちは。
やさしさビタミンブログの工藤昭子です。

緊急事態宣言が解けて、わたしたちの病院では朝礼を以前のように再開することにしました。

ある日の朝礼スピーチはホスピスの主任さんでした。
とても学びになる内容だったので、ここでちょっと紹介したいと思います。

『患者さんにケアをするときに、私はこんな質問を投げかけます。
「お風呂の温度はどのくらいがいいですか?」とか
「歯ブラシに歯磨き粉はどれくらいつけますか?」とか。
それに対してよくある答えが「普通でいいです」というものです。

私は「普通?普通ってなんだ?どれくらいがこの方の普通なんだろう?」と考えます。
その方の「普通」と私の「普通」は違う。

お風呂の温度はぬるめがいいか、熱めがいいか、もう少し詳しい情報をお尋ねする。

最終的に「これでいいですか?」と尋ねて「ちょうどいいです」と言ってもらえたら、その温度や量をスタッフで共有して、次も同じようにできるようにしておく。

そういう情報がスタッフみんなから集まると、その人らしい心地よい環境で暮らしていける。
日々のケアの中で、そうした小さな「その人にとっての普通」を集めていくことが大事なことなんじゃないかと思います』

朝礼に出ていた職員が何人も、うんうんとうなづいて聴いていました。
心がしんと鎮まり、背筋が伸びるようなスピーチでした。

患者さんが求めているケアだったかどうかは、患者さんに聞くことでしか評価はできない。
そして今日のケアが明日も心地よいかどうか、それも患者さんにしかわからない。
だから日々「これでよかったですか?」と問い続けていく。
ケアは奥深い。
そして絶対はなく、面白い。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
現場の優れた人に教わる、これもまたよろこびですね。

とっても大事なトイレの話

こんにちは。やさしさビタミンブログの工藤昭子です。
今日は新しい病院のトイレについてのお話です。

昔病棟で働いていたころ、180センチくらいの背の高い高齢男性が入院してきました。病気のために体重が落ち、太ももの筋肉が痩せてぺたぺたになっていました。153センチの私は車いすでトイレまでその方を移動し、立ち上がりを介助しました。その方は柵につかまりながら向きを変えて、どすんと落ちるように便座に座りました。その方の脚が長いのに対して便座がとても低いのです。トイレに座るだけでけがをするんじゃないかとハラハラしていました。トイレが終わっても今度は立ち上がるのに一苦労です。
「便器がもうちょっと高ければなあ」と言いながら、すまなそうにしていました。

そんな記憶がずっと引っ掛かっていました。新しい病院を作るときにどこか一カ所でいいから、便座からの立ち上がりを補助するトイレが欲しいと思っていました。今それが2Fの病棟にあります。

病室のトイレは背もたれつきで、前かがみになって踏ん張りたいときのために肘置きのバーもついています。

それからホスピス個室のトイレはドアが大きく開口するものにしました。
普通はベッドから車いす、車いすから便座へと2度移動を繰り返すのですが、ここではベッドからダイレクトに便座に近づけることが可能です。

在宅で闘病していた母も、亡くなる前日まで父がおぶってトイレに行っていました。
「病院のトイレは“みんなのトイレ”だから、自分が入っているときに使いたくて待っている人がいるかと思うと、入院自体が嫌になるのよね」と言っていました。
個室は自分専用のトイレ。
「これだったら入院してもいいよ」と言ってくれただろうかな。

今日もこのブログに来てくださりありがとうございます。
誰に気兼ねすることなく、ごゆっくりとどうぞ。