お知らせ
病院だけど、もっと普段の暮らしを取りいれたいのです
「あれは俺の植えた葉っぱか?」△△さんが、窓の外を指さしています。
ーはい、そうですよ。
「ちゃんと水、やってくれるんだろうな。それが大事なんだぞ」
ーはい、わかっております。ちゃんと毎日見に来て水やりしますから。
5月10日水曜日、4Fのサンルームでプランターに花や野菜の種を植えました。
屋上テラスには「ふれあい空のgarden」というすてきな名前がつきました。
病棟師長と車いすの患者さんが5人来てくれて、みんなでわいわいしながら一緒に土をいじりました。
バジルの種は風で飛んでしまうから、泥団子の中に種を入れて、プランターに埋め込みます。
「おにぎりみたいに丸めてね」とボランティアさんが言うと
□□さんが泥団子を口に入れそうになって慌ててみんなに止められました。
「おにぎり」という言葉がわかるってことです。
「あ・ぐり~んプロジェクト」はまさしくこんな光景を期待していました。
患者さんは病気を持っているけれども、24時間病人というわけではない。
むしろ退屈な日常を繰り返している人もたくさんいらっしゃる。
冒頭の方のように
「あれは俺の葉っぱだ」と言って、毎日見に行ったり。
ときどき一緒に水やりをして、成長具合を確認しに来たり。
採れた野菜を「旨いな」と食べていただきたい。
病院の中にももっと暮らしの生活感と主体性を。
家で暮らしてた頃のようなモノゴトを。
私どもの病院はケアに重点を置く病院なので
もっといろんなことに自由度があってもいいと思うのです。
患者さんも、看護師もね。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
早く音声でカルテ記録できるようにならないかなぁ!
会いたいと思ったら会いに行く。「そのうち」はもうないかも知れないから。
ゴールデン・ウィークはいかがお過ごしでしたか?
札幌は夏のような陽気になり、ちょうど桜が満開になりました。
私はおかげさまで暦通りのお休みをいただき、遠出はせず家の片づけなどをしながら過ごしました。
先月、私は一日の間にしばらくぶりの人に会う機会が2度もありました。
2度とも、会おうと思って時間を作ってくれた人がいたからできたこと。
日中は高校卒業以来三十数年ぶり、夜は以前の職場の仲間がおおよそ十年ぶり。
どちらもきっかけはFB(フェイスブック)でした。
昨年、私はとある決心をして、FBに自分の写真を出し友達以外にも公開しました。
続いて病院の看護部ホームページを作り、自分のブログ(これですね)を始めました。
ここに至るまではずいぶん勇気がいりましたけれども、おかげで高校卒業以来の友人たちと急速に仲が良くなったり、過去に一緒に働いた人たちと旧交を温めたりして、連絡が取りやすくなりました。
「会いたいね」
「よし会おう」
そう決まると私はすぐ行動するたちなので、スケジュールを確認したりお店を決めたりが楽しい時間になりました。
離れていた年月は「かくかくしかじかで」、今を生きるものとして新たに向き合っている、そんな気がしました。
FBの良いところは、最近の様子や発言から今のその人がわかるということですね。
昔話をしながらも、妙に最近のことはよく知っているから自然と波長が合わせられる、ちょっと不思議な感覚です。
会わなかった長い期間は、特段問題ではない。
久しぶりに会った人たちとは、まるで昨日まで一緒にいたかのように深い話をし、共に戦った(笑)日々を懐かしく思い返しました。
「会いたいね」が「いつかね」とか「そのうちね」って言ったら実現しない。
会いたいと思ったら会う。会いに行く。
「よし!行こう」って決心する。
その場で日にちだけ決めて手帳に書きこむ。
「そのうち」はもうないかもしれないから。
最近は年齢のせいか、特にそう思うのです。
今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
人のご縁ってほんとに有り難きこと。感謝、です。
あ・ぐり~んプロジェクト始動!
4月26日、病院玄関横にある小さなスペースに、ジャガイモ「キタアカリ」を10個植えました。
「あ・ぐり~んプロジェクト」の最初のイベントです。
昨年、花壇とこの小さな畑からたくさんの恵みをいただきました。
患者さん・ご家族・職員がしばしの間足を止めて花を見る。畑の作物を見る。
リハビリの目標地点になる。
収穫した野菜をみんなで分け合っていただく。
ボランティアさんと施設管理の職員とでほとんどお世話をしていただきましたが、今年はもう少しいろんな方にかかわっていただきたい。
そして患者さんやご家族の方にも土に触れられる機会を作りたい。
そんな気持ちで小さなイベントをすることに。
ついては、いいネーミングはないものかと募集したところ、総務課からいいのが出ました。
「agriculture × greening = あ・ぐり~ん」
agriculture「農業」という意味のアグリカルチャーと
greening 「緑化」と言う意味を掛け合わせた造語です。
花壇・畑の他に4Fのベランダにもプランターで植物を育てる予定になっています。
放置状態だった松の木も、寄せ植えで変身。
水やりに気を使いますが、きっと誰か手伝ってくれるでしょう(笑)。
ほんの10分くらい、水やりをしながら植物を見るだけで、心持ちが優しくなる気がします。
次回の「あ・ぐり~んプロジェクト」は5月10日(水)14:00~を予定しています。
どうか雨風のない、穏やかな日でありますように。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
今年もちょっぴり自給自足、目指してます。
平成30年度看護師募集説明会のお知らせ
札幌南青洲病院では、ブランクのある看護師さん向けの「復職支援セミナー」及び平成30年度の看護師募集説明会を9月以降に計画しています。詳しくは採用情報のページ↓をご覧ください。
病院ボランティアのごほうびとは?
こんにちは。
今日もボランティアさんのお話です。なぜそんなにボランティアさんのことを書くのかって?
私の中では外来や病棟と同じ、ひとつの部署と同じと思って愛を感じています。
それくらい、かけがえのない存在なのです。そして無償で来て下さる皆さんをいつも尊敬し、感謝しています。
今日はそんな中、深い言葉を教わったので、書いておきたくなりました。
当院で7年もボランティアをしてくださっているKさんが、こんな話をしてくれました。
「ボランティアを7年続けて思うのは、ボランティアは他者からの賞賛をじぶんのご褒美にしてはだめなのよ。他者からの賞賛をヨロコビにしていたら、賞賛がないと続かないの。形の見えないご褒美を自分でみつけられることが必要なの。自分にしか見つけられないご褒美がここにはあるんだよね。だから7年も続いている。」
これはすごく深いコトバだと思いました。
私はボランティアのヨロコビって、誰かの役に立ち、誰かに喜んでもらうこと。
それが純粋に次への燃料になって、小さな炎を燃やし続けているんだと思っていたから。
その活動がボランティアさん自身の生きがい・やりがいにつながるようにと院長たちも意識してくれています。
何かをする⇒役に立つ⇒喜んでもらえる⇒また次につながる
ここに人と人とのコミュニケーションがあって、心がふれあい、支援したつもりが自分の心もあったかくなって「ようし、また喜んでもらおう」となるわけですね。
Kさんがおっしゃっているのは、「ありがとう」などと明確に返していただかなくても、自ら手ごたえを見つけてつかむということで、今まで私がイメージしていたこととは少し違う視点や価値観を教わった気がします。
だから、今の私では考えが浅くて「なるほど!」とはいかない。
なにせ私自身がボランティア、継続したことないから・・(恥)。
もうちょっと教えてもらわなきゃ・・いや頭ではきっとわからないことなんでしょう。
だって7年ですから!
体を通った言葉はほんとに重みがある!
そしてほかのボランティアさんたちにも質問してみたくなりました。
ボランティアを続けている理由について。ボランティアのヨロコビについて。
きっといろんな答えが返ってくるに違いない、と思うのです。
今日もこのブログをお読み頂きありがとうございます。
何事も奥が深いですね~。
自分を真ん中に置いて
私の高校時代の同窓生が旅立ったことを、友人のフェイスブックで知りました。
クラスが違ったので、あまり接点はありませんでしたが、明るくて笑顔の素敵な人で、部活で活躍していたのを記憶しています。
仲の良かった人たちのコメントを読んでいるだけで、気配り上手な優しい人だったことが伝わってきました。
やりたいことも、やりかけのこともたくさんあっただろうと思います。
役割も責任も持っていただろうと思います。
彼女が生きたくても生きられなかった、今日を与えられたことに感謝したいと思いました。
彼女が「もし元気になれたらみんなに伝えたい」と遺した言葉が心に沁みたので、転載させていただきます。
読み返したいコトバがここにぎゅっと、つまっています。
「自分勝手でもいい。
宇宙に委ねて、自由でもいい。
楽に生きていいんだよ。
自分の人生を送っていいんだよ。
どんな人生を送る?
ワクワクしていいんだよ。
それを考えるんだ。
今度は、ちゃんと自分を
真ん中に置いてね。
弱さを見せていいんだよ。
楽に生きていいんだよ。
先ずは、弱さを出しやすい人に、そこから一歩ずつだ。
焦らず、一歩ずつだ。
直ぐには変わらないよ。
出来ることから始める。
自分の弱さを認めるんだ。
どんな自分でもいい、できなくてもいい。
ダメな自分でもいいんだ。」
彼女の言葉は一つひとつ、考えさせられるのですが、「今度は、ちゃんと自分を真ん中に置いてね」というコトバが引っかかりました。
自分らしく生きられる人生を、自ら意思決定して生きているかい?
そんな風に問いかけられた気がします。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。合掌。
私がブログで発信するきっかけになった憧れの人
私は2016年11月からブログとSNSを使って仕事のことを発信するようになりました。
発信しようと思った理由は大きくふたつあります。
昨年この病院に着任して、院内の様子を見て歩く中で、驚いたことがいくつもありました。
それまで関連病院にいたのに、この病院のことが全く分かっていませんでした。
特に緩和ケアのことは観念的な理解しかなく、実際のことは何一つ知りませんでした。
お恥ずかしい限りです。
自分がこれだけわかってなかったので、以前在職していた病院でも説明できるわけもなく、そして一般の方はもっと知らないだろうなと思ったのが発信のきっかけです。
そして発信のもう一つの目的・・看護部長の仕事で一番大きなウエイトを占めているのは看護師を集めることなのです。
看護協会やハローワークはもちろん、就職説明会に出たり新聞広告に載せたり、あるいは職員のつてを頼ったり。
できるだけお金をかけずに、優秀な人材を集めたい。
それはどの病院の看護部長も同じく考えていることだと思います。
憧れの勝原裕美子さん
私には看護部長として憧れている人が一人います。
以前聖隷浜松病院で副院長兼総看護部長をされていた、勝原裕美子さんという方です。勝原さんは百貨店勤務から転身されて看護大学に入られて、大学教授を経て病院の看護部長になられました。
翻訳された本「コード・グリーン 利益重視の病院と看護の崩壊劇」はかなりな衝撃を受けました。
それから看護の可視化ということに力を入れてらして、なかなか形に表しにくい看護の質を、数値で比較できるような研究をされました。
現在日本看護協会で行われている「労働と看護の質向上データベース事業 DINQL(ディンクル)」は勝原さんの研究がベースとなり、今や全国500以上の病院が参加するものに成長しています。
その勝原さん、実物はとても気さくな方で、看護部長をされていた時に「やらまい勝っちゃん」というブログを書いておられました。
私は講演でそのことを知ってから、ちょくちょく見るようになりました。
そこではDINQLを作ったとてつもない頭の良い人というよりは、現場を愛し、職員を愛するごく普通の方という感じがして、そのギャップに驚きつつも一層親しみが湧きました。
勝原さんは特に曜日には関係なく、書きたいことがあれば週にいくつも書いているようでした。
読書量も多く、週に何冊も感想を書いていることもありました。
看護部長としての考え方、職員への支援の仕方など参考になりましたし、なにより楽しそうに仕事をしていらっしゃいました。
私は日常のことで精いっぱいな新米看護部長だったので、心が折れそうになると「やらまい勝っちゃん」を開いて、勝原さんの、仕事を面白がる姿勢や物事の考え方にたびたび勇気づけられていました。
そして勝原さんが取り上げた本を買い求めては読み、少しでも近づきたいという気持でいました。
一昨年聖霊浜松病院を退職されてから、どういう活動をされるのか時々チェックしていましたら(まるでストーカーですね 笑)、今年の1月からオフィスkATSUHARAを立ち上げ、講演や看護師のキャリア開発の活動をされるそうで、またブログが読めることになって喜んでいます。
勝原さんのサイト⇒ http://office-katsuhara.com/
そして遅ればせながら、私自身も病院のことを楽しく発信して、未来に一緒に働く優秀な方に届きますようにと願っています。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
まだまだ力が入りすぎている私・・勝原さんチェックして見習います。
おめでとう!合格の春
早いもので4月を迎えました。
新生活に移行する人はしばらく緊張の毎日ですね。しっかりご飯を食べて、夜はお風呂につかり、しっかり眠って下さいね〜。
先日うれしいメールをもらいました。
以前の職場で働いていたナースからです。彼女・仮名で山ちゃんにしておきましょうね。山ちゃんとは、6年程前に病院の合同就職説明会で初めて会いました。
同じ学校の友人を伴って、2度私どものブースを訪れ「就職はここに決めています」と言ってくれたのを覚えています。瞳がキラリと光った目ヂカラの強い娘でした。
翌年就職の予定で準備していたのですが、国家試験でまさかの不合格となりました。幸い病院の配慮で看護補助者としての職を得ることができました。
友人と一緒に看護師としての第1歩を進むはずだった山ちゃんの心は、どんなに口惜しかっただろうか、と思いますが、彼女はそんなことは微塵も見せず明るく振る舞い、仕事を覚えていきました。
看護補助者の仕事は読んで字の通り、看護師が看護の仕事に専念できるように周辺の補助をする役割なのですが、患者さんとも関わりがあるし、看護師の仕事を横斜めから見るので、山ちゃんのようなセンスのある人にとっては、違った意味で学びの機会だったのだろうと思います。
山ちゃんはルーティン業務を行うだけではなく、段取りがよくてモノの在庫を切らさず、いつも整理整頓して仕事がきれいでした。
そして仕事の小さな疑問をそのままにしない、粘り強さがありました。子育てと仕事をしながら予備校に通い、模擬試験を受け、院内の国試対策講座にも欠かさず通って、ひたひたと準備を進め、翌年の春見事にリベンジしました。
看護師になってからも看護補助者だった経験から、後始末をキチンとする見事な仕事ぶりで、みんなの見本でした。国試対策講座の後輩に叱咤激励に訪れたり、私のやり方でよければ勉強の仕方を教えるよ、と合宿の提案をしてくれたりもしました。
そして2年働いた頃、山ちゃんから助産師の学校に行きたいと打ち明けられびっくりしました。元々助産師志望ではあったのだけど、看護師として働くまでの遠回りがあったりして、このままでいいかなと思う気持ちもありながら、やっぱりやりたいことにチャレンジしたいと思い、決意したとのこと。
本音を言えば、これから新人指導や委員会活動などに力を貸してほしかったけれど。
山ちゃんにとっての機は熟したのです。応援しましょう!
そして今度は看護師として夜勤もしながら、上手に時間をやりくりしコツコツ勉強して大学に入学しました。
あれから2年。私も病院を変わりましたので音信は途絶えていたのですが、その頃の仲間のつながりで連絡をもらいました。
有言実行。毎日小さな積み重ね。夢に向かってたゆまず進む。周りへの感謝を忘れない。
いろんなことを彼女から教わりました。
そしてきっとこのままじゃないと思う。
これからも注目してます。
今日もこのブログをお読みいただき、ありがとうございます。
冬があるから春がうれしいんだね。
顔が見えるだけじゃ足りない〜在宅看取りの壁と地域連携〜
3月18日土曜日の昼下がり、当院講義室で緩和ケア研修会を開きました。
地域で、施設で、病院でそれぞれご活躍されている医療介護の方たちが30名ほど集いました。
ご多忙の中をありがとうございました。
演者であるホームケアクリニック札幌の梶原師長は、私どもと同じ法人内の在宅緩和ケア充実診療所の師長として勤務しておりまして、この日は在宅緩和ケアの概要、在宅での看取り、地域における多職種連携について事例を交えて講義をしてくれました。
人生の最終段階をどこでどう過ごしたいか
同クリニックの調査では、がん患者は終末期に近いほど多くの症状が出現し、急速に日常生活動作が低下することが多いとされています。
言い換えれば、亡くなるぎりぎりの時までトイレに歩いたり、食事や会話ができるということです。
20年以上前に他界した私の母も、前日までトイレに起き、少量ながら食事もし、亡くなるぎりぎりまで話すことができていました。
自分で自分のことが賄えなくなったのは、本当に亡くなる前日くらいからのことでした。
人生の最終段階をどのように、どんな場所で過ごしたいと思うのか、元気な時から考えて、家族で話し合っておくことが必要だと思います。今はこうしたいと思っていても、家族の状況や病状、心境によって変化は大いにありえます。こうあらねば、と決める必要もありません。いつでも状況に合わせて変更できるのですから。
在宅で最期まで、と決心された方をケアするには、苦痛が緩和されていること、生活が成り立っていること、家族もケアされていること、安らかな最期だと思えるように、多職種でサポートすることが大切と強調されました。
在宅での看取りの壁(=看取りを阻むもの)
講義の後、
ケアマネジャー、看護師、ソーシャルワーカー、介護福祉士らがグループに分かれて
「在宅での看取りの壁(=阻むもの)」について語り合いました
そこで出て来た「壁」は何かと言いますと
◆「施設や事業所の方針」・・単純に、その施設で在宅での看取りをしているかしていないか
◆「人的資源」 ・・人手が不足している、あるいは知識や経験が不足している
◆「日頃の関係性・ ご本人と御家族の意向の食い違い」・・ご本人は家で過ごしたいと思っていても、家族に負担がかかるから遠慮して言えないでいるとか・・
◆「 夜間サービスを提供する人員の不足」・・気持ちはあっても夜間の人員が確保できてないとできないことですね
◆「死がタブー視されていて、看取りよりも生への頑張りを支援してしまいがち というジレンマ」・・病院や施設でよく起こりうること。
◆「病院スタッフの、在宅イメージの不足」・・一人暮らしの人に在宅は無理でしょ、と決めつけてしまう
今日から私たちができること
ではその壁を越えて何ができるか?
正直簡単なことではないですね。
ケアの提供者としては、在宅ケアの実際をもっと世間に広めなければ必要な方に届かないし、施設などでは看取りの知識や経験を増やすとともに、構造的な整備も必要です。急に施設の方針や人数は変えられないですが、個人レベルでは、まずは自分の家族や回りの人、ご近所さんの体調を気にかけ、普段から対話を重ねる、少々お節介な人になる、なんてことはすぐできそうです。
ケアの受け手としては、自分が人生の最終段階にどんな医療を受けたいか、あるいは受けたくない医療は何かを意思表示しておくことも大事なことだなと思っています。
終わりの挨拶で梶原師長が
「顔の見える連携ってよくいいますが、顔が見えるだけじゃ足りないんですよ。顔が見えて、なおかつこの人、この事業所に頼みたい、この人に預けたら安心だと思ってもらえるようにならないと」と締めました。
病院もまったくその通りだと思いました。
今日もこのブログをお読みいただきありがとうございます。
まずは自分の周りから地道にコツコツですね・・。
手から気が伝わるんです
先日、市内でとあるタッチ・ケアを学んできました。
私が学んできたのは、いわゆるツボを押すとか、筋肉をもみほぐすマッサージではなく、撫でるようにソフトで軽いマッサージです。
スウェーデン発祥で、そもそもは未熟児のケアからスタートしたそうで、心地よさ、人の手に委ねることの安心感などを味わうことができます。背中や手足に最低10分のケアで、免疫細胞が活性化したり、体温が上昇したり、便通が良くなったり、睡眠の質が変わったり・・と個人差はありますが、さまざまな効果があるようです。
10年近く前にこのケアを知り、いつか学びたいと思い続けていたのですが、ようやく実現しました。
2日間の講習のうち座学を半日、実践演習を一日半行いました。
先生の実演を見て、動画を見ながら見よう見まねでやってみました。
手の向き、圧力・スピード・リズム。
やさしく、しっかりと密着させて、なめらかに。
触れることでお互いの体温を感じて、
だんだん相手の背中や手がいとおしく思えてくるから不思議。
お相手は、その日初めてお会いした人ですけどね(笑)。
今度は私がお相手になりました。
午後は両手を同時に、先生と受講生からケアしていただきましたが、あまりの心地よさにだんだん眠くなって声が聞こえなくなっていきました。
こんなに手を大切に扱ってもらったり、背中をいたわってもらうなんて・・とありがたくなります。
その日は、帰宅した途端に体が重だるくなって、かつてないほど熟睡しました。
2日間で、基本の動きを学んできました。
職場のMさんに練習台になってもらっていますが、最初に背中のケアをさせてもらった直後に「施術してる間、どんな気持ちでやってるんですか?」と聞かれました。
どんな気持ち・・・「なんというか、今日もお仕事ご苦労様、と思ってやっているうちに、だんだん背中が愛おしくなるんだよね~」という返事をしたら
「なんか手から”気”が伝わるんですよ~」と言われました。
今日もこのブログをお読みいただき、ありがとうございます。
うっかりへんな”気”を発しないように気をつけよう~~