札幌南徳洲会病院 看護部

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札幌南徳洲会病院看護部長 工藤昭子の やさしさビタミンブログ

「寄り添う」研修のこと つづき

先週の続き・・・

冊子の次の問いは「あなたが思う『寄り添う』とはどのようなものですか?」と続きます。
ここにもたくさんの回答が寄せられました。

・その人の悩みや苦痛を理解しようとすること
・その人をわかろうとしながら傍にいること
・そばにいて安心できる存在になること
・この時間を一緒に共有したいと思う人と共有すること、相手が「寄り添ってもらえた」と実感できれば、どんな行動も「寄り添う」なのではないかと思う。しかし、看護の「寄り添う」ということはどのようなことだろうと、日々疑問だ
・相手を理解すること、相手の立場に立つということ、その方の心に関心を持って関わること
・心の声に耳を傾け、常に向き合っていること。言葉に出さなくてもボディー・タッチや目を合わせることだけでも寄り添っていると考えます

などなど、66もの回答が寄せられていました。

それから次の問いは「スタッフが患者さん、ご家族に『寄り添っていた』場面を見かけたことはありませんか?その場面を教えてください」で、58の回答が寄せられていました。

・スタッフが姿勢を低くして患者さんやご家族と目線を合わせて話している場面
・ケアワーカーさんがいつも笑顔で声かけしてくれたことにより、怒り口調だった患者さんがそのワーカーさんの顔を見ただけで笑顔で話しだしてくれた時に、常に寄り添ってくれていたんだと感じた
・ご家族の面会時には必ずお声がけをし、患者さんの近況報告をしていた
・クラーク(看護事務)さんが認知症の患者さんのそばに座り、仕事をしていてくれる。いつもありがとう。
・ご家族が病状説明を受けたあと、涙をこらえきれずそこに寄り添って過ごしている看護師。本人の気持ちのつらさを話される時、マッサージしながら寄り添い傾聴する看護師。
・ご家族が詰め所前を通られたとき、師長が話しかけているのをみます。患者さんの様子やご家族を気遣う優しい声かけは嬉しいことだと思う。日ごろスタッフは多忙でゆっくりお話をする時間がない中、師長が見てくれている。

全文お見せできないのが残念ですが、一文ずつそれぞれのストーリーがあることと、こうありたいという思いや、仲間を応援しリスペクトしていることが伝わってきます。
ひとりひとりが「寄り添う」ことを考えた1年でした。
現場で日々の小さなケアを積み上げてくれた師長たち、そしてスタッフに感謝の気持ちでいっぱいです。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
こういう話をもっともっとしたいね。

あなたが今年患者さん、ご家族に「寄り添えた」と思うエピソードを教えてください

今年度看護部のテーマである「寄り添うこころ」。
この研修会が先月末に行われました。
事前に表題にあるような質問をいくつか看護職員に投げかけ、提出してもらったものを教育委員が冊子にまとめてくれました。

患者さんに寄り添うということはどういうことか。

物理的に寄り添うということ、その人を想い心で寄り添うこと、誰かに寄り添っている仲間の姿を見たとき、いい仕事してるね、って仲間を応援すること、そっと手を握ること背中をさすること、そんなことを意識する一年であってほしいと考えていました。

少しその中から抜粋してご紹介します。

*お看取りの直前で、ご家族が見守っているときに今の患者さんの状態、これから起こるであろうこと、今までの思い出話をしながら過ごしてもらった。当時は「寄り添えた」とは思っていなかったが、後日ご家族が病院にいらしたときに「お会いしたかった」と言っていただき、ご家族に寄り添えていたのかなと思うことができた。

*救急車で来院した患者さん。痛みが続き薬を使用したが効果が乏しく、入院まで体をさすっていたこと。

*ずっと怒っている患者さんが転院してきた。なかなか心を開いてくれなかったが常に笑顔で接することと、めげずに話しかけ、昔の仕事やその方の思い出話をいろいろ引き出していった。最後には冗談も言って一緒に笑いあい、会いに行けばいつも笑ってくれるようになった。

*「ひとりは寂しい」とおっしゃった患者さんのところに、なるべく行くようにしていた。目を開けたときに私を見て、笑ってくれることがあったり、手を握り返してくれることがあった。

*笑顔のない患者さんが、自分の一言で笑ってくれた時に、少しは自分が役に立てたのかなと思ったことがあるが、「寄り添えた」という風にはなかなか感じがたい。

*慣れない環境に戸惑っている患者さんに付き添って、状況を説明したり心配はいらないことを伝え安心できるようにかかわった。

*「寄り添う」という概念がわかりませんが、入院したばかりで不安を抱えた患者さんに対し、少しでもその気持ちを受け止めるため、ゆっくり話を聴いて他のスタッフとも共有した。必ずしも成功とはいえないが、その時患者さんの立場に立って一生懸命寄り添ったつもりだった。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
ここ大事なんで、来週も続きます。

休暇は自分の断捨離

1月半ばからしばらくお休みを頂き、旅行に行ってまいりました。
大自然の中で数日間、昼間は雪の中を散策し夜はオーロラを追いかけるという贅沢な時間を過ごしました。
ネットにはあえて距離を置き、人々の暮らしぶりや歴史など興味深く見聞きし、それから長編小説を2冊読みました。
土地の食べ物を時間をかけてじっくりと味わい、丁寧にストレッチをして身体が喜ぶことをしていました。

普段私は1週間ごとの行動計画を立てて過ごし、週末にそれを振り返って翌週の計画を立てるということを繰り返しています。
けれども、この休暇の間はとにかく心の赴くまま行動する。
寝たい時は寝る。
入りたいときにお風呂に入る。

「アレしなくちゃ、コレしてないわ」の呪縛を解いて、したいことだけをする。
本当にしたいことって何だろう。

自分に問いかけ、
カラッポになった1週間でした。
体も心も休息って大事だなあ。
わかっていたことだけれど、素直にそう思いました。

これも寛大な上司に恵まれ、留守を守ってくれる師長さん達がいるおかげです。
戻って最初の朝の歩き回りでは、何もかもが愛しい。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
スペースをあけないと新しいことも入らないですね。

水やりの時間

ボランティアの方が丹精込めた鉢がサンルームに並んでいる。
週に一度畑の師匠が来て手入れをしてくれて、それ以外の水やりはだいたい私と事務職さんの仕事である。
「暇な看護部長」だと思われているかも知れないが、ここで花を愛でる人のために、枯らすわけにはいかないのだ。と、勝手に使命に燃えている(笑)
時々患者さんとご家族さんが連れ立ってここを使ってくださっている。
古くて小さな病院なので、これといって素敵な場所もないのだが、この場所は陽当たりもよくぽかぽかしていて
「わあ。おかあさん、こんないい場所があったよ。お花がきれいに咲いているね」なんていう声が聞こえると、柱の陰でにんまりしてしまう。


朝「オハヨー」と声をかけながら水をかける。
ここは温かいので、水さえきちんと与えていれば、維持していける。
それでもその植物の個性があり、毎日水を必要とするもの、一日おきでいいものがある。
見ていればなんとなくその加減がわかってくる。
最初の頃はまったくわからなくて水のやりすぎ・あるいは渇きでダメにしかけた鉢がいくつかあった。

「最近は水加減がわかってきたようだね」と師匠からお褒めの言葉をもらった。
そしてたまに肥料入りの水を与えると、次の日葉がぐんと伸び、つやつや光る様子がうれしい。

人間社会も同じだなと思う。
安全で安心な場があれば、それだけで人はのびのびとする。
しかしちょっとでも安全が脅かされるような要因があると、弱ったり曲がったりする。
太陽の光が同じように降り注いでも、素直に受け取れないようになってしまう。
けれどもたまにもらう肥料は、欲しているものならば、ぐんとパワーになるものだ。

最近読んだ灰谷健次郎さんの本にこんなことが書いてあった。
「目をあけるということは、いつ、どこででも詩をみつけてやろうと、すばやく心をひらいておくということです。もっとくだいていうと、詩をかいてやろうという気持ちをたやさずもっているということです。先生がつくってみなさいといったのではじめて、あれやこれやかんがえてみるというのでは、詩はどこにもおちてないということになります。詩はだれにでもひろえるけれど、そのためには、しっかり目をあけていなくてはならないということを、わすれないようにしてください」
~「せんせい けらいになれ」~

この文章の「詩」ということばを「人の良いところ」に置き換えてみる。
こんな風に植物は私の思索の時間にもなるのです。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
水やりの 時間がいとし 仕事前(^^ゞ

心の蓋を開けるパラレルチャート

医療者だから一般の人よりはずっと「死」を見てきてはいるのだけど、自分の家族のこととなるとうまくできなかったりするものだ。
父を亡くして10年近くになる。
いろいろな後悔が今もある。
患者さんを見る時に父と重ね合わせてみることもあるが、そういう話は誰ともしたことがない。
感傷的で感情的なものごとだから、仕事上では蓋をしている。
それが医療者としてのひとつの切り替えスイッチなのだが・・。

NPO法人ホスピスのこころ研究所では、昨年から小森康永先生に数回お越しいただき、今回も講演前日に院内勉強会を開いていただいた。
今回のテーマは「パラレルチャート」という聞きなれないものである。

パラレルチャートとは、ナラティブ・メディスンの提唱者リタ・シャロンが医学生教育のために開発したものである。カルテに書くこととは別に医療者自身の患者に対する連想や感情を記述し、それを信頼できるグループ内で共有することで、自分たちの診療を省察し、自分たちの挫折感や悲嘆などの感情にうまく対処できるようになることが期待される、とある。※1

医師・看護師・ソーシャルワーカー・理学療法士らが事前に心に残る患者さんや出来事について振り返り、それぞれに文章を書いてきた。
それを順番に朗読し、みんなで聴きあい、小森先生や参加者がそれぞれにコメントや質問をして深めていった。

普段の仕事でも私たちは結構対話している方だと思うが、ここまで深く患者さんやご家族に対する自分の思いを書いたり話したりすることはない。
発表者は朗読するうちに感情が溢れたり、それを聴いている方も共感の涙を流したりして、会場の空気がアツくなった。
普段の仕事では見られない別の側面を発見して、その人に急に親近感が湧いたりもする。
「何を言ってもいいんだよ」という場でなければこんな風には話せない。
聴いていると、自分がかかわった患者さんの事や亡くなった父のことを想いだし、自分も書いてみたいという気持ちになる。
あの場にいてそう感じた人は多いのではないかと思う。
自分と他者の体験の間で揺れながら振り返る、というのが心地よい。

小森先生も「まず書く、ということが大事なんです。しばらくして読んでまた書く。自分の中の変化を見ることができる」とおっしゃっていた。

会が終わったあと、みんないつまでも名残惜しくしゃべったり泣いたりハグしていた。
いい光景だったな。

※1 小森康永先生の「ナラティブ・オンコロジーをやってみた」:N:ナラティヴとケア 第5号 2014年1月から一部引用しました。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
感性・・鍛えないとね。

お椀出せ 茶碗出せ

用事があってボランティア室に入り、ふと壁のホワイトボードを見て吹き出してしまいました。
ちょうどひと月前の12月に、病院の忘年会がありまして。
当院では委託業者の方やボランティアさんも忘年会に参加してくださるのですが、今回ボランティアさんたちが余興で歌って踊ってくださったのです。

そのエネルギーとパワーにみんな驚かされました。
ステージまで行進して、壇上で踊る人、舞台脇で合唱する人、歌詞を大きく書いたのを持つ人に分かれ(これも何か適材適所な感じで)、息ぴったりだったんです。
練習は3回ほどしかしていないそうですが、グループ名の「セラ」からの発想で「聖者の行進」を替え歌にしていることだけはわかりました。

ホワイトボードに貼ってあったのはその替え歌の歌詞でして。

「1 お椀出せ 茶碗出せ
   お椀出せ 茶碗出せ
   手元 足元 アララ
   おぼつかないけど

 2 お椀出せ 茶碗だせ
   お楽しみ お茶会
   看護師さんと先生ラララ
   ありがとうございます
 
 3 お椀出せ 茶碗出せ
   思い出に 残る
   命の唄 歌って
   ケセラセラ せら」

私はボランティアさんに頼まれて夢中で動画を撮っていたので、なんて歌っているのか実はわからなかったんですけど、歌詞を見てひとりで大爆笑してしまいました。
聖者の行進の歌い出し
「Oh when the saints, go marching in」が原詩ですが
まるでタモリ倶楽部の「空耳アワー」のように聞こえる! 笑

こんなことを見つけるのも日々の幸せです。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
まったくもって、かないません。

今年を漢字一文字で表すと?

2020年 明けましておめでとうございます。
今年の札幌は驚くほど雪が少なくて、積雪ゼロで大晦日を迎えました。
私は大みそかから3日までお休みをいただき、ゆっくりさせていただきました。
師長だったころはよく大晦日の管理当直を志願したものです。
元旦の当直明けに銭湯に行き、2日3日は大学駅伝を見る。
これが至福の時間でした。

年始めに今年の手帳に予定を入れたり、計画を立てるのが好きなのですが、いろいろやりたいことがあってまとまりません。
一年で達成できることって案外多くはありません。
持続可能で楽しくて実のあることをしようと思うと、唸ってペンが止まります。

そんな時はネットで気分転換。
ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)で「今年のあなたを漢字一文字で表すと」というおみくじをやっていたのでボタンを押してみましたら
「技」ワザ
と出ました。
まあ、遊びみたいなものですが、なんとなくこれにかっこつけて考えてみると

卓越した技を手に入れる
優れた技を披露する・学ぶ場を作る
優れた技で患者さんを幸せにする

てなことが浮かんできました。
看護師たちや介護福祉士たちがそれぞれ得意なことで優れた技を身につける。
口腔ケアの上手な人~。
おむつ交換がモレなく手際のよい人~。
注射のうまい人~。
話を聴くのが上手な人~。
とにかく笑顔が最高にいい人~。
それをお互いリスペクトしあって共有していく。

そして今年は新築移転に向けた重要な年。
そこから連想する漢字は

「備」来たるべきときに備えて様々な準備をする年

「蓄」みんなの心をひとつにして力を蓄える年

「盛」新築移転をとにかく楽しんで盛り上げる年

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
あなたの一文字は何ですか?

冬休みに読む「ライオンのおやつ」

私の周りには本好きな人がいっぱいいます。
先日「これ読んでみて」と前野先生から渡されたのは、小川糸さんの「ライオンのおやつ」です。
前野先生大絶賛です。
朝礼でも勧めていて、職員みんなに読んでもらうために、この本を数冊買って病院に置いておく、とまで言っていました。
そして「こういうホスピスを作りたいんだ」と。
ああ、ホスピスの話なんですね、というと
「いや、病院の話じゃないんだ」。
「??」


最初に貸してもらった私は、お正月休みに読もうとゆっくり考えていたのですが、借りた2日後には「読んだ? どうだった?」と感想を聞かれたので焦ってしまいました。

これは旅立つ人の物語ですが、つらいものではありません。
むしろ最後こんな風に旅立てるのなら、私もこの本に書かれてあるホスピスに行きたいと思いました。
瀬戸内の温暖な気候。美しい海。レモンやブドウ。自然の中の小径。

主人公には死を前にして、さまざまな症状が立ち現れてきます。
例えばせん妄という意識障害は、私たち医療者はとても気を付けるところです。
時空間の認識がわからなくなり、筋力や体力の低下もあって、転倒しやすくなるからです。
そのせん妄状態と思われる描写さえも、小説の中では甘やかで幸せな時間なのです。
こんな世界にいるのなら私はせん妄状態の人を、じゃましないでそっとしておいてあげたいと思うようになりました。

登場人物は優しく、自然な成り行きを大事にしてくれて、湿っぽくはありません。
それから、こういうホスピスを作りたいという、前野先生の気持ちもよ~くわかりました。
医療の場ではありませんが、医療も確かに必要としていて、最期まで生ききることの支えのひとつとなっている。
私たち医療者ができることなど、わずかなことだなあと思いました。

それから全編食べ物の話が出てきます。
そのどれもが温かい情景とともに、湯気や香りが感じられました。
「ライオンのおやつ」という題名も、読むとしみじみわかります。
私はその中でも毎朝土鍋で炊くお粥さんがおいしそうで。
もしこんなホスピスができるなら、私はそのお粥さんを炊くおばあさんになりたいと思ったのでした。

死と、その先にある未来へ希望が持てる本です。

今年もこのブログにたくさんの方が来てくださいました。
ありがとうございました。
どなた様も、よいお年をお迎えください。

We wish your Merry Christmas!

「今日はこれからサンタクロースになるんです」
先週の水曜日、会議が終わると病棟の副主任さんがこう言って急いで帰っていった。
「どれどれ何をするの? 」とばかり、追いかける私です。

赤い衣装を身につけた副主任さんを中心に、看護師たちが赤い帽子をかぶって病棟の廊下を練り歩いています。
クリスマスカードを手に持ち、病室をひとつひとつ訪問しては患者さんにカードを渡して一緒に写真を撮っていました。

ボランティアさんが「ホットコーヒーか冷たいカルピスはいかがですか?」と尋ねています。
コーヒーメーカーで落とした、本格コーヒーの方が人気がありました。

別なお部屋ではベッドサイドで看護師が絵本を朗読していました。
同じお部屋の人にも聞こえるように、ベッドを中心に寄せてありました。

クリスマスカードのプレゼントは、ずいぶん前から行われていたようです。
届いたカードにボランティアさんがシールやリボンで装飾をつけて、各部署に配布されます。
部署では看護師たちが患者さんひとりひとりにメッセージを書いて、届けられます。

12月20日の夜にはキャロリング(caroling)も行われました。
キャロリングとは、クリスマス・イブの日に教会に集まった子供たちが家々を回ってクリスマス・キャロルを歌う慣習のことを言います。
当院では当日参加できる職員やボランティアを募集します。
今年も職員が聖歌隊となり、病室の前でクリスマスソングを数曲歌いました。
こちらも前野先生がマエストロとして毎年行っている、恒例の行事です。
カードを渡したり歌を歌っていると、患者さんからも愛を感じ、共にハッピーな気持ちになるものです。

今日もこのブログに来てくださりありがとうございます。
すべての方に祝福を。

もうすぐクリスマス

早いものでもう師走も半ば。
大きめのイベントが一つまたひとつと終わり、なんとなくほっとして一息ついています。
年末に向けて、あとはクリスマス会が残るのみとなりました。
ホスピスではクリスマスパーティの計画が着々と進んでおります。
昨年は北海道地震があってその影響が今年にも続いておりましたが、月日の経つのは早いですね。

いろんなイベントを終えるたびに一息ついて、振り返れば着実に前進しているなという風に思います。
それもよいスタッフがいてくれるから。
おかげさまです。
感謝の気持ちをちゃんと返していかないと、と思っています。

いろんなことがもう、当たり前になってしまっています。
院内の飾りつけや、外の方へのおもてなし。
当たり前になると感動・感激・感謝が薄れてしまう。
みなさん普通の仕事プラスアルファでされている。
「それは私の仕事ですか?」などという人はいません。
小さな病院だから?
それもありますね。
でもそれだけじゃないです。
当たり前と思っちゃいけません。

来年は移転前最後の年となります。
いろいろ、いろいろ、考えています。

もう少ししたらそのひとつ、病院のロゴができる予定です。
私たちのホスピスマインドを表したものを製作中。
お楽しみに。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
まだまだ来週も続きますよ(^^)/

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