札幌南徳洲会病院 看護部

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札幌南徳洲会病院看護部長 工藤昭子の やさしさビタミンブログ

地震から1年・・災害訓練をしました

北海道胆振東部地震からはや1年が経ちました。

あの時の教訓から私たちも防災マニュアルを作り直し、防災グッズなども用意しました。
結構マジメに会議で話し合っております。
防災って想像し出すととめどもなく困難なイメージが湧いてきます。
どんな状況であろうとも「その場でどう行動できるか」を問われるものですね。

それで私たちはマニュアルを覚えないことにしました。
マニュアルを覚えてその通りに行動出来ることを目指すと大変でやりたくなくなります。それよりも、初動1時間にやるべき事に集中したアクションカードを作成して、夜間想定のシナリオを作り、カード通りに行動しようと考えたのです。

誰しもそんな状況になったら、冷静に対処できる自信などありません。
カードに書いてある通りに動いていれば、そのうち仲間が助けに来てくれる。

というわけで、先日地震後初めての防災訓練をしました。

年に一度の計画停電とセットでやったので、午後1時からすべての電気製品の電源コンセントを抜いて、患者・家族・職員・建物の被害状況を本部(医事課)に報告し、紙カルテを使うというところまでを実際にやってみました。

頭で作ったものを実際行動してみると、いろんなことがわかりました。
例えば防災グッズのケースに入っているランタンなどは、あらかじめ電池を入れて動作確認してないと緊急時は動けなくなるとか、ヘルメットがすぐ取れないとか、状況報告は電話か直接持参か迷う、というようなことです。
これらはちょっとしたことなんですが、結構大事な気づきでした。

それからEMIS(広域災害医療支援システム)のログインと入力方法の確認も実際にみんなで共有してみました。去年は副院長がこれに登録してくれていたおかげで、とても助けられました。

そんなことで、地震後初の試みは無事終了しました。

その数日後、東日本大震災で被災された佐藤敏郎さんのお話を聞く機会がありました。佐藤さんは当時女川町で中学校の先生をしてらして、大川小学校に通っていた娘さんを亡くされるという、大変お辛い経験をされました。

現在は「小さな命の意味を考える会」代表として講演活動や、スマートサプライプロジェクトという団体を運営し、必要としている人に必要な支援が速やかに届く活動をされています。
その佐藤さんが防災についてこんな風にお話しされました。

防災とは、結論がハッピーエンドで終わること。
経験したことのない揺れに対しては、「そこまでしなくても」ではなく「念のため」の行動をすること。

私もこの2つのことを胸に刻んで忘れないで行こうと思います。

スマートサプライプロジェクトについてはこちらをご覧ください。
現在、千葉の台風被害を受けた方の支援も行なっています。
http://sspj.jp/smartsupply/

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
被災された方に、一日も早く日常が戻りますように。

いも掘りイベントは今年も大成功!

恒例行事となった「いも掘り」。
今年もいいお天気に恵まれました。

ジャガイモの「きたあかり」10個は、病院玄関横の幅50センチくらいの、かつては植え込みだったところに植えられました。

隣のミニトマトと一緒にすくすく育って、早くに枝葉が枯れてしまったので、「こんなに長くそのままにしてていいの?」と質問した私です。
土の下のジャガイモが新たな芽を出すんじゃないかとハラハラしたものですから。

当日ボランティアの方が早めに出てきてくれて、あらかじめ買っておいたきたあかりを栄養課で塩ゆでしてもらって、紙コップに入れバターを載せて準備してくれました。

畑の方では一旦ジャガイモを掘り出して、個数を数え、再度土に戻しておきました。こうしておくと手のチカラの弱くなった方も容易に掘り出せるのでね。

予定の14時よりも早くから、患者さんが降りてきてくれました。
ジャガイモを土から掘り起し、手でつかみ掲げてにっこり。
「3つも出てきたよ」
「いい形だね」
「横のトマトも収穫してくださいね」
「トマトもいいの?」
「どうぞどうぞ。無農薬だから、ちょっと拭いてそのままパクっといっちゃってください」

収穫が終わったらボランティア・コーディネーターの鈴木さんが
「はい、収穫してくれてありがとうございます。これはアルバイト代です」といって、紙コップに入れたじゃがバターを手渡したので大笑い。
「これはアルバイトだったんだ!」
「みんなだまされて働いてしまったね~」

みんなでおいしいおいしいと食べていただき、花壇をながめておしゃべりして、こうして今年のいも掘りがおわりました。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
おまけ。この日は院長の誕生日でした。ボランティア室でお祝いしました。

認知症相談窓口をはじめます!

認知症の始まりはささやかな違和感で、それに気づくのはたいがいご家族です。

お父さん、最近様子が変なんだよね。
少しぼんやりするようになったっていうか。
話しかけてもすぐに返事が返ってこない。
耳が遠くなったのかな。
同じ話を繰り返すんだよね、初めて話すみたいに。

この間も車を擦って帰ってきたの。
そのことを聞くと、あわててごまかそうとするの。
大丈夫かな、運転。

認知症患者は全国で500万人を超え、2025年には高齢者の5人に一人、700万人を超えると言われています。
昨年から当院で始めた医療講演ですが「認知症」の関心が高いことがわかりました。
今年は3回シリーズで、医師・看護師・ケアマネージャーが講演をしておりますが、来られた方はそれぞれ個別のお悩みを持っているため、講演と質疑応答だけでは十分お答えできないことがわかってきました。

そこでこの9月から「認知症相談窓口」を開設することになりました。

日常生活の中で「あれ?」と思う小さな兆し。
診察を受けるべきかどうか?
どうやって診察に連れてくればいいのか?
など、お悩みをご相談ください。

介護施設にお勤めの方のご相談も承ります。

毎週金曜の午後。
あらかじめお電話で予約をいただき、時間を取ってお話を伺います。
お力になれるように一緒に考えていきたいと思っています。
ご相談は無料です。

電話011-883-0602 看護師の棟方までご連絡ください。

今日もこのブログに来てくださりありがとうございます。
できることを少しずつ。

喪失と回復または再獲得 (グリーフケア研修会から)

当院にはグリーフ(悲嘆)ケア委員会という組織があります。
何をしているかと言うと、ご遺族の方へお手紙を送ったり、遺族会(ひだまりの会)や慰霊祭(こもれびの会)を開いています。

先日職員向けのグリーフケア研修会が行われました。
病棟師長が「グリーフケアとはホスピスだけの特別なものではなくて、普段から私たちは日常的にしているのですよ。ただ当たり前すぎて気づいてないかも知れません」という趣旨でお話をしました。

老いて病気をすると私たちはいろんなものごとを失います。
できることができなくなったり、楽しみにしていたことをあきらめたり。
愛する人を亡くすのはその最たるものでして、「どうして私の家族が!」と怒りを感じたり、「私がもっと早くに気づいてあげていたら」と自責の念に駆られたり。
できないことにばかり目がいくと、気持ちが落ち込んでうつになることもあります。

アルフォンス・デーケン先生の「悲嘆のプロセス」では12の段階が示されていますが、悲嘆の段階はすべての人に訪れるというものでもなく、また順番に現れるものでもありません。

病気によってできなくなったこと、例えば映画館で映画を見るのを楽しみにしていた方は、家でリラックスしながら見ることに新たな価値観を見出したりします。
愛する人を亡くしたつらい体験も、時間が経過して(日にち薬、という言い方をしたりしますね)、心が落ち着いてくると、他者の話が耳に入るようになり、また自分でも気持ちを聴いてもらいたくなったりします。

こうして人は喪失と回復または再獲得、つまり以前は価値がないと思っていたようなことがらも、失われて初めて気づくことがあり、急に価値が大きくなる。
それをLIFE(人生・生活の意味)の中に組み込んでいく。
大きく小さく波のように行ったり来たりしながら、悲しみは決してなくなりはしないけれども、次第に抱えやすくなる。
これを繰り返していくのです。

悲しみの底から再び立ち上がっていくときに、その方が自らの力でエネルギーを得ていく場面に立ち会うことがあります。

講義では、ご遺族の方からのお手紙が紹介されました。
亡くなられた故人への思い・医療者に対する感謝・現在の近況などが書かれていました。
どんなお気持ちでこれを書いたのか、手紙をわざわざ書き、切手を貼ってポストに投函するまでの行動そのものが、文字通り1歩を歩み出したこと、グリーフケアになるのではないか、という話がありました。

その後グループに分かれてそれぞれが思う「グリーフケア」について語り合い、聴きあう時間になりました。
医療者は誰しも亡くなられた患者さんとご家族との思い出を持っています。
話すきっかけができたことで、こころの中に大切にしている体験や言葉がたくさん出てきました。
終了の声をかけてもみんなの話が終わらない、後ろ髪引かれる研修会でした。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
医療者や介護者はみんな、語れると思うのです。

在宅緩和ケアの訪問看護ステーションを開設します

もしもがんと診断されて、いろいろ治療したけれど、これからは緩和ケアを受けてできるだけ家で過ごしたい。
私がその立場になったなら、きっと、いや必ずそう思うだろうなあと考えています。

今日は宣伝させていただきます。
9月1日から当院の関連施設として「緩和ケア訪問看護ステーション札幌」がオープンします。
これまではホームケアクリニック札幌(藤原葉子院長)として訪問看護を行ってきましたが、在宅緩和ケアを中心とした訪問看護ステーションを立ち上げ、在宅療養されるがん患者さんとそのご家族の支援のため、より一層きめの細かいケアをしたいと考えています。

愛する家族やペットと過ごす時間。

家の匂いや温度。

慣れた枕や布団の寝心地。

食べたいものを食べる自由。

窓から見える景色。

湯気の立つコーヒー。

一杯の晩酌。


「最期まで自宅で暮らしたい」と思っていても「家族に迷惑はかけられない」「自分が動けなくなった時、自宅で本当にいいのか自信がない」と考える方はたくさんいらっしゃいます。
人の気持ちは変わることもあるし、絶対じゃない。
家族だって頑張ろうと思ったけど「頑張れないかも」ということもあるでしょう。
そういう心の揺れも大丈夫。
当たり前のことです。

「やっぱり病院にいたほうが安心」
「家族が疲れてきたから、少し休ませたい」
というときにはご相談ください。

そうして無理のない、けれども自分の思うように時を過ごすことを、みんなで話し合いながら支えたいと考えています。

ホームページは9月1日にオープン予定。
お問合せはこちらにどうぞ。

http://homecare-sapporo.com/

またオープン記念講演会として10/6 13:30~秋山正子先生にお越しいただくことになりました。
ぜひお運びください。
緩和ケア訪問看護ステーション札幌 開設記念講演会チラシ

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
あ、大事なことを忘れてました。
「在宅緩和ケアをやってみたい」看護師さんを1名募集中です。

今年も盆踊り

8月7日北海道では月遅れの七夕の日に、3F病棟で盆踊りが行われました。

昨年から始まったこの行事、看護師と看護補助者らがアイデアを練り、娯楽の少ない病院の中で何か楽しいことを提供できないか、と発案したものでした。

数日前からデイルームに飾り付けがされて、期待感が高まります。
当日昼過ぎに行くと、真ん中に大太鼓が設置されて気分が盛り上がります。
(ちなみにこの太鼓は中がポリバケツで、外側を100均の包装紙などでそれらしく作られています。)

CDラジカセから花火の効果音とともに北海盆唄が流れて、職員が法被を着て患者さんを次々案内してきました。
みんなでハチマキを巻き、踊らにゃソン、ソンと輪を回りました。

踊った後はかき氷をふるまいます。
いちご・メロン・ブルーハワイ。
蒸し暑さも手伝って大好評でした。

偶然通りかかった施設管理の職員が、即席で手品を披露してくれました。
その後太鼓とラジカセをもって病室を回り、盆踊りの出前をして歩いたようです。
面会に来られたご家族さんも、「盆踊りのチラシは見ていたけど、まさか病院で盆踊りをするとはねえ」と驚いていました。


今日もこのブログにきていただきありがとうございます。
一服の涼になったなら幸いです。

強みを活かすことについて

強みを活かすというドラッカーの言葉が好きです。
でも最近の学びで、私の考えている強みはかなり範囲が広いということがわかりました。

ことばで表せば
得意。長所。取柄。好き。特技。関心がある。
ほかにもあるかな。

好きこそものの上手なれ。
ということばがあるけれど、好きなことをず~っとしていって、強みになる。
イチローさんとか錦織圭さんとか。
好きでもそんなに上手にはなれない人も多い。
私は楽器を演奏するのが好きだけど、うまくはなれない。でも好き。

努力しなくてもできちゃうこともある。
絶対音感を持っているとか。
ドリカムの吉田美和さんのように、子供の頃から普通に歌ってるだけで歌がうまかった人は、どんどん磨きをかけていって今があるんでしょうね。

それまでまったく未知の分野だったのに、何かのきっかけで強い関心が湧いて、そのことを勉強するうちに専門家になっていく場合もある。
災害を経験して、防災について勉強するうちにDMATの隊員になるとか。
家族ががんになって、学んでいくうちにがん患者のサポートをするようになるとか。

学校で学んだこともなく、関心もなかったけれど、仕事で何度も繰り返しやるようになってうまくなる。
看護師の注射技術なんてそういうものですね。

ひとりひとりの強みは目覚めているものもあれば、眠っているものもあり。
気づいてないだけのものもあれば、ちょっとしたきっかけで急に開花するものもある。

関心ごとは聞いてみないとわからない。
そしていいタイミングでそれをキャッチし、チャンスにつなげないと。

どうしてこんなことを言うかというと
うちの看護補助者さんたちの、イベントに現れるアイデアが多彩だからなんです。
しかもお金がかからないように工夫してくれていて、ありがたいやら涙ぐましいやら。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
自由に楽しく。

看護の職人の技

医療者も人の子、自分も時々病気になったりします。
そして自分ごとになると、患者と医療者の両方の視点で自然と観察することになります。

先日他院で人間ドックを受けたドクターの話です。
内視鏡検査を受けた際に背中に手を当てて声をかけてくれたナースの手当てにとても感銘を受けた、という話をしてくれました。
そのナースは、胃カメラを受けるときはこの人の介助でお願いしたいと「指名」が入るほどの、卓越した技を持っています。

私も一度彼女の介助を受けたことがありますが、今カメラの先がどこらへんにあって、このあとどうなるかを教えてくれたり、ゲップが出せず苦しくて仕方ない時には「あとどのくらいで楽になりますよ」と予測を教えてくれました。

検査を受けている時間は永遠のように長く感じられましたが、背中に当たる彼女の掌の温度が皮膚から内部に温かく浸透して、そこだけぽっかりと温かく感じられます。
カメラがその辺にある、ということと温かくて気持ち良い、ということが一緒になって、自然と意識が集中します。
苦しく感じるときはリズミカルにさすってくれて、手の圧力が苦しさを軽くしてくれます。
不安な気持ちにぴったり寄り添うようにして、それにこたえるような手。
実に巧みな技です。

ナミダと鼻水とよだれで情けない姿をさらしながら、この人の言う通り素直に身をゆだねていれば、少しでも楽な方へと誘ってくれる、という気にさせてもらえるのでした。
そして終わった後に「お疲れさまでした。がんばりましたね」なんて言ってもらうと、子供に戻った気持ちでうれしくなるものです。

喉麻酔の時に感じる不安な気持ちから終わってほっとするまでの間、彼女が施してくれるケアの流れ。
こういうことは形にならないし、感じて終わったら忘れていくものだけれど、手を通して「ケアされた」という実感は後になっても体に
残ります。

そういう経験を仕事に戻ったときに患者さんに返していく。
こんな風に背中をさすってもらって楽になったなあという経験を。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
「君は何によって覚えられたいかね?」ードラッカーの言葉ー

北海道胆振東部地震からの学びをつなぐ

2018年胆振東部地震から早いものでもうすぐ1年になろうとしています。

地震後に書いたブログがきっかけで、北海道看護協会札幌第1支部の石井さんに声をかけていただき、先日医療安全交流会で発表してきました。

北海道科学大学准教授の石川幸司先生はDMAT(災害派遣医療チーム)隊員でもあり、EMIS(広域災害医療援助システム)の現場のお話をしてくださり、とても興味深く聞きました。
地震当時札幌市内の病院のEMIS登録は20%しかなかったことにまず驚きました。
当院は早くからEMISに登録していたおかげで、早々に助けていただいたとわかり、改めて感謝の気持ちがわきました。


午後からは札幌麻酔クリニック副院長の金谷潤子先生が「災害体験から学ぶ在宅医療の本質 大切なことはなんだろう?」をお話になりました。
災害時の備えももちろん大事だけれど、限られた資源を省エネで使うのは病院も在宅も同じ。使っている酸素の量をいつも通りいかなきゃいけないと慌てるのではなく、少し減らしてみて状態を観察して、大丈夫そうなら省エネモードで平常に戻るのを待つというのもありじゃないですか、というお話に大きくうなづきました。

ここにはふたつの意味が込められています。
看護師は酸素2㍑と指示されれば2㍑が守られているか、酸素飽和度は足りているか、ということを通常チェックするのですが、酸素飽和度が90%切っていても、案外患者さんによっては苦しいと感じてない、なんてことは実はよく経験するところです。
何が何でも2㍑を死守することに奔走するのではなく、1,5リットルでちょっと様子を見て大丈夫そうなら省エネモードで過ごしてみて、事態の収束を待つというのもありじゃないか、という意味です。

もう一つは人間の体というのは生きる力が備わっているものだから、平常時と同じケアにこだわらずに消耗を小さくしながら生きる力を支えるのが看護者の仕事じゃないの?ということ。
医師の指示を妄信するのではなく、日ごろから「本当にこれは必要か?」と疑ってみることも大事でしょう、という意味も込められています。

いずれにしてもこれは患者さんとの日ごろからの観察と信頼関係があってのことで、けっして酸素の確保を怠って患者さんに我慢を強いるという意味ではないので、読者の皆様は誤解なきようお願いしますね!

そういえば当院でも地震のあと患者さんに、夜間せん妄が増えたり怯えたりするんじゃないかと心配していましたが、実際は逆で、とても落ち着いていて普段より気を張っていらしたというか、そんな印象を受けました。

もしかして生存本能、のようなものでしょうか?

交流会はその後酸素供給会社さんや、道内あちこちの現場で対応した管理者たちの発表がありました。
みずからも被災者でありながら病院で指揮された管理者の方や、在宅で呼吸器をつけたお子さんを看るお母様の支援など、胸にぐっとくる発表を聴かせていただきました。
重厚にして温かい場に参加でき、いろんなヒントをいただいくことができありがたかったです。

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。
あなたは今どれくらい備えができてますか?

自由に跳ぶノミ

7月10日~11日までグループ病院の看護管理者対象の研修を行いました。
「強みを活かした人材育成」をテーマに、講師に山崎敏史先生をお招きしました。

実はこの研修は企画を含めると1年半越しです。
昨年9/6に北海道胆振東部地震が発生し、中止になったからです。
満を持してのこの研修、たぶん私が一番楽しみにしていたかも知れません。

山崎先生の講義はスライドを使って聴く・見る・考える・話す・共有するを何度も繰り返し行い、ひとつのキーワードが徐々にそしてあらゆる方向からしみこむようにできています。
誰もが知っている有名人の言葉を使ったり、映像を使ったり、泣いて笑って感情も揺さぶられました。

私が特に考えさせられたのはノミの映像です。
普通にしていると高さ30センチくらい跳ぶノミたちが、高さ10センチの瓶に入れられて、蓋をされて3日間閉じ込められてしまいます。3日後に蓋をあけたら、自由に跳べるはずの環境でもノミは10センチしか跳ばなくなってしまいました。
3日間、10センチの蓋に全身をぶつけて痛い思いをしたせいで、それ以上跳ぶことをあきらめてしまったとしかいいようがありません。

これを組織に置き換えると、あれはだめ、これはだめ、ここまでしかいけませんと線を引き、ひとりひとりの職員の自由な発想や行動を抑えていると、その線の中の条件でしか動けない人を作ることになります。

ひとりひとりいろんな強みや関心があって、やりたいこと得意なことはさまざまです。
秩序を管理するのも必要なことですが、求められるリーダーは、環境条件に関わらず仲間の能力と可能性を高め、自分自身も学び、発揮し続ける人じゃないか、ということを感じました。

組織が停滞していると感じたら、あるいは部下に何度同じことを伝えても聞いてくれないとしたら、自分自身の見方や捉え方が原因となっているかも知れない。
それが悪いというのではなく、他にどんな見方ができるかな、理想の状態にするには何を加えたらいいかな、を考えていこうということです。
行動を縛っている固定観念を、無理にではなくほぐしていくことを教わった気がします。

さてそのノミ、どうしたら元のように30センチ跳べるようになるでしょうか?
参加者からいくつか面白い考えが出てきました。
答えを書いてしまうと山崎先生のこれからの研修に差しさわりがあるので、ここではやめておきます(笑)

今日もこのブログに来ていただきありがとうございます。

山崎先生のお仕事はこちらをご覧ください↓

http://www.link-c.co.jp/

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