第2回「ホスピスのこころのルーツ」
「ホスピス(Hospice)」の語源はラテン語のHospitiumと言われています。この言葉は「おもてなし」の意味があります。この言葉から派生して、Hospital(病院)、Hospitality(おもてなし)などがあり、お家にお客様をお招きするのはHostであり、すすきのでお客様をおもてなしするのは、Hostessということになります。つまり、ホスピスの本質は「おもてなし」なのです。
そして、現在のホスピス・緩和ケアの起源(ルーツ)ということになると、ずっと遡って、西暦10世紀ころのヨーロッパで、キリスト教の修道院でシスターたちが、ヨーロッパからユダヤ(現在のイスラエル)の地に巡礼に向かう巡礼者や、十字軍に行き来する兵士達に行ったケア(お世話)の行為であるとされています。ですから、ホスピスの歴史は1000年以上にわたることになります。
近代ホスピスのルーツとなりますと、19世紀にアイルランドにおいて修道女マザー・メアリー・エイケンヘッドがダブリンにおいて「シスターズ・オブ・チャリティー」を創設し、近代ホスピスの基礎を創りました。このメアリー・エイケンヘッドを「近代ホスピスの母」と呼んでいる人もいるようですが、現在世界中に広がっているホスピス・緩和ケアの源流といえば、イギリスのシシリー・ソンダース先生が創設したセント・クリストファーズ・ホスピスであると思いますので、私は「近代ホスピスの母」はシシリー・ソンダース先生であると思います。実際にそのように言っている方が多いと思います。
ソンダース先生が偉大なのは、医療の中にホスピスケアをホスピス病棟といった具体的な形として定着させ、広めたことですが、もう一つ彼女が偉大なのはホスピスケアの原点、つまり「ホスピスのこころ」を思想・哲学として表したことです。ソンダース先生は多くのキーワードを残しました。いくつかの例を挙げてみたいと思います。
“Total pain”「全人的苦痛」:近代医療は人間を身体、精神と分けなおかつそれらを正常、異常と分けて、異常を疾患として正常に戻す(治療)ことを考えました。しかし、医療者はともすると患者を人間全体として捉えることができなくなってきました。終末期患者が持つ苦痛は身体、精神ばかりでなく、社会的そしてスピリチュアルと呼ばれる根源的な苦痛があり、多面的である。それらはお互いが影響し合って全体を形成するという考え方です。
“Not doing,but being” 「(何かを)することが大切なのではなく、(そこに)いることが大切なのです。」:医療はほとんどdoingの世界です。doingにより、積極的に疾患に働きかけて、治癒に導きます。しかし、患者が終末期になり、もはや何もすべきことがなくなった時に、実はもっと大切なことがあります。
それが、being です。何かをするために患者の傍らにいるのではなく、医療者であるあなたの存在そのものを患者さんに差し出すのです。あなた自身がそこにいることにより、患者さんは安心を得ますし、あなた自身も患者さんからそこに存在する意味を提供されるのです。最早、医療者としてではなく、一人の人間としてそこにいることが許されるのです。それは医療者と患者というギブ&テイクの関係ではなく、癒し癒されるというより深い関係に変容しているのです。
“You matter because you are you.” 「あなたはあなたであるから重要なのです」:これは「あなたはあなたであるから重要であり、あなたの人生の最期の時まで重要です。私たちはあなたが平安のうちに死ぬことができるだけでなく、最後まで生きることができるように、できるだけのことをさせて頂きます。」というメッセージなのです。(*)
“I did not found hospice. Hospice found me.” 「私がホスピスを創ったのではありません。ホスピスが私を見出してくれたのです。」:この言葉もホスピスケアが普遍的な真理であることを表しています。つまり、ホスピスはシシリー・ソンダースという一人の人が作り出したものではなく、シシリー・ソンダースを通して真理が明らかにされ、広められたのだということです。
こういった、シシリー・ソンダース先生の言葉の中にホスピスケアの本質(ホスピスのこころ)が表されていると思います。
理事長 前野 宏
* メッセージの全文を改めて紹介します
You matter because you are you,
and you matter to the end of your life.
We will do all we can
not only to help you die peacefully,
but also to live until you die.
〔St Christopher’s Hospice ウエブサイトから
URL http://www.stchristophers.org.uk/about/damecicelysaunders/tributes〕