第8回 「緩和ケアと建築-病院の中に“日常”を-」
当院は近い将来に新築移転を予定しています。昨年は、「新築移転幹部セミナー」と銘打って院内の全部署から、それぞれ新病院についての外観のイメージ、付加したい機能、新病院でやりたいこと・・何でも自由に発表してもらいました。やはり、一番多かった話題は建物に関するものでした。外観や内装の提案から窓の配置・採光や公園など外部とのアクセスの話まで、十人十色の嗜好の多様さと関心の高さに驚きました。私たちの生活において「建築物(=住)」の占める割合といいますか、影響力といいますか、無視することができない大きくて重要なファクターであることを改めて知らされました。
さて、実は私は入院したことがありません。病院勤めではありますが、残念ながらどう思いをめぐらせても入院患者様の気持ちは想像することしかできません。(私の浅はかな考えで勝手にこうだと決め付けるのはとても傲慢な事だと思っています。)それでも、新病院はなるべく患者様にとって心地よい空間であって欲しい(お病気を患っているのに“心地よい”というのも変ですが、それでも心地よいと思っていただきたいのです。)と、いつも自分なりに考えています。
今回のテーマは「緩和ケアと建築」です。緩和ケア病棟に入院される方のお気持ちはどうなのでしょうか。もちろん、ひと括りで説明できるわけがありませんが、私は「日常」をキーワードにしています。病院という「非日常」の空間でいかに「日常」を感じていただけるか。それでは「日常」とは何でしょうか。これも人によりけりですが、「病室」ではなくて住まいの「部屋」であること、そしてできれば自分の住みなれた家の「部屋」であること、そんなことをイメージしています。
それでいて、「病室」としての機能はもちろんのこと、例えば身体機能が衰えた患者様も安心できる様々な配慮がなされていること、そしてその配慮はさりげないもので、注意してみないと誰も気づかないような配慮を目指しています。「何となく心地よいなぁ」「何だか落ち着くなぁ」と、気づかないことが最高だと考えるからです。だって、一番落ち着く「我が家」では、いちいちその理由なんて考えませんから。
道南の「O病院」を訪問したときのことです。ホスピス病棟の病室を覗いて見ますと、実に心地よいのです。全く他人の家(「病院」の見学にいって「家」という言い方も変ですね。)という感じがしません。自分の家のお気に入りの部屋にいるような感覚を覚えました。多分、私の中の心地よさを感じる“ツボ”に見事にはまったのだと思います。しばらくその理由を考えましたが分かりません。数日経ってようやくその理由らしきものが見えてきました。その病室の腰壁には木材を使用していました。そして、多分新築当時はきれいな乳白色の白木であったであろうその腰壁は、年月を経て落ち着きのある飴色に変わっていました。ともすれば無機質になりがちな病室ですが、それまで病室が生きてきた歴史のようなものを直感的に肌で感じ、リアリティあふれる温かな空間に思えたのでしょう。それが、私にとっての心地よさだったのだと思いました。
改めて「緩和ケアと建築」。新病院のテーマである3つの「H」で言い換えてもよいでしょう。新病院では、「おもてなし(Hospitality)」「癒し(Healing)」「希望(Hope)」を感じることができる病院、いえ「住まい」を夢見ています。どうすればそれが実現できる建築となるか、全ての人にそう感じてもらえる答えは永久に見つけることはできないでしょうが、一人でも多くの方にそう感じてもらえるように時間の許す限り考え続けたいと思います。
事務長 下澤