第14回「緩和ケアと漢方治療」
東洋医学に含まれる治療には主に2系統あります。
一つは生薬を利用した漢方治療、もう一つは経絡理論に基づく鍼灸治療です。
私は東洋医学専門医ですが、鍼灸治療には詳しくないので漢方治療のみのお話となります。
漢方治療が緩和ケアならびにがん治療に関与できる場所はたくさんあります。
それは漢方治療がテーラーメイドであるのがその理由です。西洋医学が治療指針(ガイドライン)に沿い、万人にほぼ同じ治療を与えるのに対し、東洋医学は個人個人に合った治療を試行錯誤で最後まで努力し続けるという点が、西洋医学の治療で苦しんでいる症状の緩和や、最後まで穏やかに生き抜くことが目標である緩和ケアにも役に立ちます。
漢方治療をしていると「がんに効く漢方はありますか?」とよく聞かれます。がん細胞をやっつける生薬は今のところありませんが、がん細胞と戦う本人の免疫能を助けたり、体力低下の食欲を増したり、気力を増したりする生薬はあります。具体的に説明していきます。
◆抗がん剤の副作用対策によく使われる処方
口内炎:半夏瀉心湯、温清飲、黄連解毒湯
嘔気:五苓散、半夏瀉心湯
食欲不振、味覚障害:補中益気湯、六君子湯、加味帰脾湯
下痢:半夏瀉心湯、五苓散
脱毛、貧血:十全大補湯、四物湯
手のしびれ:(駆瘀血剤)当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、八味地黄丸、芎帰調血飲、疎経活血湯
◆手術後による合併症よく使われる処方
腸閉塞:大建中湯、桂枝加芍薬大黄湯
リンパ浮腫:五苓散
◆緩和ケアによく使われる処方
全身倦怠感:補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯、紅参末(朝鮮人参)
食欲不振:補中益気湯、人参湯、四君子湯
胸水、腹水、浮腫:五苓散
咳:麦門冬湯、清肺湯
黄疸:茵蔯五苓散、梔子柏皮湯
寝汗:桂枝加黄耆湯、黄耆建中湯、補中益気湯
こむら返り:芍薬甘草湯、九味檳榔湯
これらはよく使われる処方として紹介しましたが、これら以外にもたくさんの処方を、個々に合わせて処方するのが漢方のテーラーメイド処方です。処方は3つの診察→問診と視診(舌診)と触診(脈診、腹診)を総合して決定します。一つの処方で合格点が得られなくても別の処方を試して続けるのが基本方針です。よく漢方は長くのまなければ効かないと考えられますが、体にあった漢方薬は2週間以内には判断がつきます。また寝汗、こむら返りなどは西洋医薬には効果がある薬はなく、漢方だからこそ効く処方が用意されています。
漢方薬は医者であれば誰でも処方できるので、がん治療中でも使用する医者は多くなってきています。しかし、いまだ病名治療をしているケースが多く、正統な処方は隋証治療と言って証に従った処方です。証とはその人の病前からの体質、病気に対する現在の抵抗力、全身状態、東洋医学の気・血・水の状態、五臓六腑の状態、寒がりか暑がりかなどたくさんの情報を総合して判断するものです。そして証=処方となり、正しい証が正しい処方につながっていきます。なので、しっかり証をとってくれる医者の処方は合っている確率が高くなりますが、風邪には葛根湯みたいな病名治療をすると合わない確率が増えてきます。
最後まで何か治療法を求めるあまり、さして効果がないのに高価なだけの代替療法が氾濫しています。漢方治療はあまり高価ではなく効果がある治療であるのは間違いなく、それが保険でカバーされている日本は幸福な国と言えます。
内科 田村 佳久