昭和の日

| その他 |

みなさん、こんにちは。ご無沙汰しております。新型コロナウィルス感染症の流行により病院受診を
控えているのをヒシヒシと感じております。我々も熱があったり、咳があったりする方を診るときには
何かしらの緊張を感じている今日この頃です。4月7日始まった7都府県の緊急事態宣言に続き、4月16日には
全国に緊急事態宣言が広がり、連日コロナウィルス感染確認の報道を聞くと我々病院に働くものは緊張
しないわけにはいけません。でも、今までのように気持ちに安らぎがないとこの先どうなってしまうのか
心配です。外に出て発散もできなし、どこにも旅行にもいけないし、スポーツも何もやっていない。
今までとは違う日常は困ってしまいますね。

そんな中でも仕事帰りに見る夕陽や、今日の青空を見ると心配しているのはこの人間だけなんだなあと
思ってしまいます。花や草木にはウィルスは関係なし、天気もいつものように雨が降り、そして晴れが
やってきて季節は変わっていきます。出口のないトンネルはないですよね。いつかはあんなこともあった
と語り合える日が来ることを思い、日々目の前のことを頑張りましょう。

今日は昭和の日。私の生まれたときは天皇誕生日でしたね。私は仕事の日でした。

今年はファイターズの話がまったくできませんね。まだ開幕もしていませんから。そう言えば、北広島に
できる新しい球場の起工式が4月13日に行われたんですね。5年後には新しい球場が出来上がるんですよ。
自転車で往復するためにも足腰を鍛えないと行けません。
筋肉体操のスクワットを今日もやります。

今週の直言

| 病院関連  |

みなさん、こんにちは。4月になりました。当院にも新しい職員をたくさん迎えました。
でも、新型コロナウィルス感染症の流行のため先月中旬からは朝礼を中止しているため
大勢の入社式を行うことができませんでした。徳洲会グループでも各病院で大勢が集まる
集会は行わないように通達があったため例年のような入社式はなかったように聞いています。
せっかくの4月の新年度なのに何かすっきりしない気持ちが続いています。

当院ではそれでも幹部から新入職者に対して辞令交付を行い、それぞれに短く抱負を語って
もらいました。新しい仲間が増え、一緒に頑張っていきたいです。

さて、徳洲会グループでは毎週徳洲新聞というものが発行され、全国の徳洲会の病院に広報の
一環で見ることが出来ます。その時々でいろいろな事が一面記事になるのですが、今週号は
当院の地鎮祭の記事となりました。写真入りでかなり大きくてビックリしました。

https://www.tokushukai.or.jp/media/newspaper/1230/article-1.php

それから、それに合わせて今週の直言は私が書いています。恥ずかしいですが、良かったら
読んでください。

https://www.tokushukai.or.jp/media/newspaper/1230/chokugen.php

自転車通勤2020

| 病院関連  |

みなさん、こんにちは。ブログご無沙汰しております。この1ヶ月は何と表現したらいいのでしょうか。
新型コロナウィルス感染症のために色々なことが起こり、ここでは書き切れません。何度かブログで
発信しようかと思いましたが、何かためらう気持ちが起こってしまいました。

本当は3月4日に新築移転の地鎮祭が予定されていましたが、新型コロナウィルス感染症のため関係者が
集まれないということになり急遽延期。それでも工事開始が目の前に迫ってきているため、札幌近郊に
いる関係者のみの参加で3月26日地鎮祭を近くの神社で催すことができました。大安の晴れの日に出来て
ほっとしました。この1ヶ月の中ではいいニュースの一つでした。

今年は暖冬だったため、雪解けも早く道路の脇の雪もドンドンと融けていきました。そして今日は
今年初の自転車通勤の日となりました。久しぶりの自転車通勤は少し息切れ。足も疲れました。これから
毎日通勤すると徐々に慣れてくると思います。

来月から新年度。新しい職員も入ります。コロナに負けずに頑張りましょう。

3月になっています。

| その他 |

みなさん、こんにちは。ブログご無沙汰しております。
ご存知のように2月末に鈴木北海道知事の緊急事態宣言があり、北海道の学校は休校。
外出は自粛と何とも言えない1週間を過ごしています。言葉で表現すると「し~ん」とした
北海道になってしまいました。

昨日の夜からは雪が降り始め、朝起きると湿った雪が積もっていました。子供が外に出て
雪かきをしてくれました。私はまだ左肩の術後痛みが残っており、本格的には雪かきが
できません。
左肩腱板断裂の手術からもう2ヶ月以上経過しました。普段の活動に支障はなくなりましたが、
それでもやはり痛みはあります。可動域制限があり大きく肩を動かすとまだ痛いです。自力で
左腕はまだ上に挙がりません。右手を添えると何とか挙がりますが、痛いです。
また、寝ているときはまだいいのですが朝起きると何とも言えない痛みがあります。なかなか
すっきりしないのが現状ですね。
ウォーキング中も何となく左肩のだるさがあります。先日、お風呂で左右の肩の筋肉を比べて
みましたが、やはり左肩に筋肉がありません。これがだるさの原因ですね。元のようになるのは
いつかなあと思いながら、日々リハビリテーションを行っています。

早く暖かくならないかなと思っています。春になればコロナウィルスの方も静かになるのではと
期待しています。

今日は病院に献血車が来ました。いつもこの時期に来ているのですが、最近はあまり献血する人
が多くないと聞いていました。自分も久しぶりに献血する予定でしたので、朝の朝礼に合わせて
みんなに声をかけたところ予想以上に献血に協力してくれたようです。研修に来た先生も協力
してくれました。
400mlの献血でしたが、今日は体調ばっちりでした。(実は以前倒れそうになったこともあるん
です。そのときは寝不足でした。 🙄 )

明日から2月

| その他 |

みなさん、こんばんは。札幌は雪のない1月で終わりそうです。現在の積雪量は25cm。
でも、幹線道路には雪がありません。私の家の前は少しはありますが、例年に比べれば全然少ない
です。今年は肩の手術のため雪かきが出来ないのですが、家族に負担がかからなくて良かったと
思っています。でも、子供は「雪かきがない!」と怒っています。(?)

明日から2月になります。早いですね。この1ヶ月は何をしたのでしょうか?と考えてしまいます。
振り返れば左肩の手術後のリハビリを一生懸命やっていた1ヶ月だったでしょうか。
週末は東京出張です。まだ左肩が痛いのですが、頑張って行ってきます。

術後1ヶ月経過

| その他 |

みなさん、こんにちは。札幌は雪が少ないですよね。本当に少ない。降ってはいますが、このまま
春を迎えたらどうなってしまうのでしょうか。心配です。

さて、私事ですが左肩腱板断裂手術から1ヶ月が経過しました。手術は無事成功し傷も綺麗ですが、
リハビリテーションがこれほど大変とは思いませんでした。術後約3週間付けたウルトラスリングは
大事なものなのでしょうが、寝ても起きてもあれを付けていることはかなりの苦痛でした。そして
3週間が経過して、ようやく外していいと許可をもらうと、今度は3週間もの間左肩を使っていない
ために筋力が無くなってしまい、左肩のだるいこと。何とも表現しようがありまえせん。また、
まだ左肩の運動制限が残っているので少し動かすだけで痛みも出ます。(凄い痛いわけはないし、
持続するわけでもないのですが・・・)
まだ左腕は上に挙げられないのですが、1日1日と動く範囲が広がっており回復は実感しています。
ウルトラスリングが外れたらすぐに車の運転が出来ると思っていたのですが、まだ十分に左腕が上がら
ないので、シフトレバーの操作ができないので運転は危険です。まだしばらく運転はしません。
この1ヶ月は妻に運転を頼りっぱなしです。助かっています。

さあ、早く左腕が元に戻らないかなあ。

明けましておめでとうございます

| その他 |

みなさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
さて、年末に左肩の手術を行いましたが予想以上に不自由です。仕事はパソコンを打つことが
多く右手のみの入力は時間がかかって大変です。ストレスもかかります。
(ここまでは3が日に書きました)

少しリハビリテーションが進み左手もちょっと動かせますが、やはりウルトラスリングで左腕
を固定されていて大変です。これだけ打っても辛い。

両手が動かせるようになってから続きを書きます。(こんな内容ですいません)

手術無事終了

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みなさん、こんにちは。今年もあと残すところ数日となりました。もういくつ寝るとお正月ですね。
さて、私事ですが入院して手術を受けました。今年の1月頃には五十肩と言われていたのですが。
11月になり痛みが再発。MRIを撮ったところ左肩の腱板断裂と診断され、急遽治療のため手術すること
になりました。
主治医の先生は都合のいいときいつでもとおっしゃってもらい、仕事の調整を行って入院。手術も無事
終わりました。関節鏡下手術ですので、退院もあっという間でした。術後痛みが出るよと脅されました
が、手術当日は麻酔のお陰で全然痛くありませんでした。痛くなったのは手術の翌日の朝からでした。
(夜は麻酔が良く効いていて左腕が別人の様でしたが・・・。)
左肩にはやはり手術の痕もあり、全体的に腫れた感じがありました。痛みを我慢する必要はありません
からすぐに痛み止めを飲み始めました。

しかし、予想外(想定内とも言われますが)に起こったことは術後に左腕を3週間固定する必要なこと
でした。術前に話は聞いていましたが、”ウルトラスリング”という左腕を固定する装具をつけての生活
でした。なんと夜寝るときも付けて寝るんです!外すのは着替えとお風呂に入るときのみ。外したまま
肩を動かすと再断裂すると脅されました。(笑)

もちろん運動はできませんし、車の運転もできません。左腕は使えませんが、幸いなことに利き腕の
右側が使えることで何とか乗り切れそうです。それでも片方が使えないのはこんなに大変だと思いません
でした。パソコンの片手打ちは辛い。

年末年始はおとなしくしています。

地下鉄福住駅の病院の看板

| 病院関連  |

みなさん、こんばんは。いよいよ年末になってきました。昨日は冬至でしたね。我が家はカボチャを食べ、
ゆず湯に入りました。

さて、お知らせがとても遅くなりましたが、みなさんは地下鉄福住駅に当院の看板があることにお気づきで
しょうか?
実は4月に福住駅の通路の看板に空きが出たのでどうでしょうかと打診があり、すぐに看板を出すことにしました。
デザインに少し時間をかけて6月から当院の看板を出していました。気づいた方もいるとは思いましたが、この
ブログで報告するのがこんな年末になってしまいました。
当院は福住駅からは少し遠いですが、ファイターズやコンサドーレの試合観戦に来た人にちょっとでも目が触れる
ことを期待して看板を出しました。
緑をベースにした看板です。今度通ったら見てください。

みなさん、こんにちは。ペシャワール会の現地代表だった中村哲先生の訃報が先週突然入ってきました。
当初は銃弾に撃たれたが生きているという情報でしたが、その後亡くなったと報道され、大変嘆き悲しみ
ました。
私がペシャワール会の中村哲先生のことを知ったきっかけは、今は9年前の徳洲会グループの経営
セミナーでした。ちょうど院長になったばかりの5月の全国セミナーの会場で、中村先生のアフガニ
スタンでの活動のお話を聞く機会がありました。そのときの私の手帳にメモがありました。
・最初は1984年からパキスタンのペシャワールでハンセン病のために赴任
・パキスタンとアフガニスタンの2国にまたがって活動
・2000年に大干ばつが起こったので、灌漑(かんがい)をなんとかしなくてはならなくなった。
・命を救うという思いを突きつめていったら、医療ではなく、現地の人と一緒に考えていくことに
なった。
と書いてありました。このメモ以上にとても素晴らしいお話を聞いたと思いました。
実は中村哲先生と徳洲会には関係があるそうです。もともと中村先生は神経内科が専門なので、いろいろ
なトレーニングを受けるために(例えば、小外科など)福岡徳洲会病院で働いていたそうです。その縁も
あり、中村先生が日本に帰ってきたときには、まだ元気だった頃の徳田虎雄先生とも会っていたよう
です。

その後、私は経営セミナーで講演を聴いた1年後の5月に札幌で中村哲先生の講演会を聞く機会がありま
した。(その様子は2011年5月22日のブログに書いてあります)
そのときから、ペシャワール会の会員となりずっとアフガニスタンでの活動を応援してきました。定期的
に送られてくる会報に目を通し中村先生の活動にいつも感動していました。緑の大地計画が着々と進んで
いて、現地の多くの人が農業で生活できているということは凄く素晴らしいと思っていました。中村先生
の『今できることをしっかりやっていくという姿勢』に常に感銘を受けていました。
しかし、その命も突然奪われてしまいました。紛争が続く地域でもあり、危険は隣り合わせだとは思って
いましたが残念でなりません。
これからもペシャワール会の活動が続き、緑の大地計画が続きますように。祈りと応援を続けたいと思い
ます。

8年前の札幌の講演の時の写真です。

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