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みなさん、新年あけましておめでとうございます。今年もお正月はゆっくりとさせてもらいました。
お正月の間札幌地方は比較的気温も暖かく、元旦には少し雨も降りましたが、大雪もなく除雪にも追われることなく3が日が過ぎました。

平成30年になりました。ちょっと前に昭和から平成になったと思っていたのですが。もう30年にも経った
のですね。来年には天皇陛下の退位が決まっているので、平成がもうすぐ終わると言うことですよね。

今日から初仕事。また1年が始まります。病院の朝礼で挨拶をしたのですが、今年の目標は①新病院建設をさらに進めていくこと(そのためには病院経営をもっとしっかりとやる)②自分の体調管理 としました。
年末にどれくらい実現しているか、このブログで報告したいと思います。

本年もボチボチとブログを書きますので、お楽しみに(?)

今年も冬至の季節が来ました

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このところ寒い日は続いていますが、雪が少なくてほっとしています。毎朝の雪かきが無くて
体は楽ですね。
今年も12月22日の冬至がやってきました。1年で一番日中が短い日です。夕方日が暮れるのが
とっても早く16時にはもう暗くて部屋の明かりをつけないと本も読めません。北海道に来て
驚いた事の一つが冬の夕暮れの早さですね。大学生から北海道に来ることになったのですが、
冬に学校が終わって外に出たら、もう真っ暗でした。(私は道産子ではなく、本州の人です)

今日は快晴の予報でしたが、朝から曇り空。路面は濡れているので外はプラスの気温なので
しょう。

今年も1年間色々とありました。毎年忘年会の挨拶でこの1年を振り返るのですが、何と言っても
トップニュースは病院名の変更ですよね。1年前の今頃はにはまったく想像もしていませんでした。
札幌南青洲病院になって20年を超え、次の10年は新病院で大きくステップを踏み出そうと考えて
いましたが、徳洲会グループの方針もあり、札幌医療生活協同組合から医療法人徳洲会へと事業
譲渡して、病院名が変わりました。もう南青洲は過去の名前なんですね。

冬至の夕暮れです。夕日は見えませんでした。

夜はゆっくりとゆず湯に入って寝ます。(使ったゆずです。)

札幌南徳洲会病院 are GO!

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12月になりました。何も変わらず、いつものように日付が変わり朝日が東から昇ってきました。札幌はもう
すっかり根雪になりましたね。

12月1日は、札幌南徳洲会病院の最初の日となりました。朝礼にはたくさんの人が集まり、所属長にはそれぞれ
辞令が交付されました。仕事の内容は何も変わりませんが、医療法人徳洲会に入った証となりました。
朝礼の最後に理念の唱和をしましたが、かんでしましました。(-_-) 札幌南徳洲会病院(さっぽろみなみ
とくしゅうかいびょういん)とは言えましたが、その後の内容を失敗しました。あー、恥ずかしい。

病院の看板や標示物が札幌南徳洲会病院になっていました。あれっと?思うぐらいあっという間に変わって
いました。
関係職員の頑張りです。胸につける名札も変わりました。何か新鮮な気持ちになりました。

(看板は2010年12月の私のブログを見ると古いのが見れます)

11月30日のブログと何が違うのかという気もしますが、新しい気持ちでこの病院と関わっていきたいと
思いました。
再来年4月30日をもって平成が終わることが決まったようです。我々の病院も新しい時代に向けて、前へ進んで
いきたいと思います。

札幌南青洲病院とのお別れ

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運命の日がやってきました。まさかこんな日が来るなんてこれっぽっちも思っていませんでした。
明日から何かが変わるという訳ではありませんが、一つのステップが終わるんですね。

平成8年から徳洲会グループ入りし、5月1日に『札幌医療生活協同組合 札幌南青洲病院』と病院名を変更し
ました。そのころ、前野宏先生も私も徳洲会にはいませんでした。ですから、札幌南青洲病院の発足時の
苦労話などは人に聞いたぐらいで、現在も当院に在籍している人はかなり少ないのです。
徳洲会グループ入りしても、経営的には苦戦が続き、札幌徳洲会病院からの応援が来たりしていたようです。
院長も毎年替わるような時期がしばらく続きました。

平成13年4月に前野宏先生が外部から招かれ院長に就任。以前、札幌徳洲会病院に勤めていたことはありました
が、長らく徳洲会からは離れていました。彼が持った夢は、札幌南青洲病院にホスピスを作ること。彼の夢に
賛同する人たちが集まり、病院は少しずつ変わっていき、また徳洲会グループの前理事長である徳田虎雄
先生からもホスピス開設への後押しがあり、平成15年11月に徳洲会グループ初の緩和ケア病棟(ホスピス)
を開設することが出来ました。
その後は、徳洲会グループからの経営的なアドバイスや職員達の頑張りもあり、徐々に経営は改善。黒字化
することが出来るようになり、少しずつ貯金も出来るようになりました。
私は平成20年4月に札幌徳洲会病院から異動する形で赴任してきました。その後、平成22年6月からは院長を
拝命し現在に至っております。
院長としてこの7年間の歩みは色々とありました。すべてを書いているわけではありませんが、院長ブログにも
その時々の気持ちなどが書いてありますね。
働いてくれたスタッフ、医師、看護師、ソーシャルワーカー等々、思い出せばきりがありませんね。

院長室から見える景色は変わりませんが、ゆっくりと時代は前に進んでいるのだなあと感じます。

今朝は札幌南青洲病院として、最後の朝礼でした。感慨深いものがありました。
さあ、明日から札幌南徳洲会病院。

これからもよろしくお願いいたします。

病院名変更のお知らせ

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みなさん、こんにちは。今日は、みなさんにお知らせしなければいけないことがあります。
それは、12月1日より病院名が変更になります。

平成8年より当院は徳洲会グループ入りし、『札幌医療生活協同組合 札幌南青洲病院』として出発しました。
それから足かけ20年以上地域のみなさんにホスピスのこころを大切にする病院という理念を掲げ医療を
提供してきました。当初は経営的には苦戦した時期もありましたが、徐々に地域の方々に支えられ病院が
発展していきました。14年前には札幌では4番目の緩和ケア病棟(ホスピス)を開設し、これまで
2000名以上の方が入院されたことは、我々も誇りに思っていることであります。

当院はすでに築30年以上経過し、建物老朽化はかなり進んでおります。私が7年前に院長になってからは
病院の新築移転は一つの夢、目標として掲げておりました。そういう経過の中、数年前には平岡に新しい
土地を購入し、新築移転の夢を実現すべく少しづつ前に進んでおりました。

この春からは、新築移転などの大きな事業はやはり徳洲会グループとしてバックアップしてもらうことが
大事であるという判断に至りました。それに伴い、札幌医療生活協同組合を解散し、いままの事業をそのまま
医療法人徳洲会に譲渡することを決めました。事業譲渡に伴い、新しい病院名に変更する必要があり、今回
『札幌南徳洲会病院(さっぽろみなみとくしゅうかいびょういん)』という名前に決まりました。

札幌南青洲病院は11月30日をもって終了。12月1日からは新病院名となりますが、病院の姿もスタッフ
も何も変わらないことをお伝えします。名称が変わるだけで、診療の中身はこれまでとまったく変わりません。
安心して下さい。(”とにかく明るい安村”ではありませんが。)経営的にも安定した状態で名前が変わるのみです。

それに伴い、病院の表示があちこちで変わる予定です。病院の看板、車のサイン、病院のホームページ、
Facebookなどなど。しばらく混乱するかもしれませんが、ご了承いただければ幸いです。

新しい病院名になってからも、これまでと変わらぬみなさんのご支援をお願いします。

さる11月3日の文化の日に表題のセミナーが開催されました。場所は札幌徳洲会病院でした。

まず、ここに至るまでの経過と、当日の様子の報告をします。

当院は平成8年より徳洲会グループ入りをし、平成8年5月1日より『札幌医療生活協同組合 札幌南青洲病院』
になりました。最初の数年間も経営的には苦戦をし、関連病院である札幌徳洲会病院から医師の応援をもらい
ながら診療を行っていたようですが、ほぼ毎年のように院長が変わる状況でした。
そこで、平成13年4月に前野宏先生が新しい院長として赴任してきました。彼が行ったことは、徳洲会の理念
の「いのちだけは平等だ」と共に「ホスピスのこころ」を病院の理念に加え、運営を行ったことでした。
それまで、外科や脳外科などがあり、手術もやっていた急性期の病院だったのですが、内科と緩和ケアを
2つの柱として、経営をやっていきました。
その「ホスピスのこころ」を実現する象徴的存在として、平成15年11月に徳洲会グループ初の緩和ケア病棟
を開設しました。当初緩和ケア病棟を開設するにあたり、前野宏先生の熱意を受け入れてくれたのが、当時
徳洲会理事長であった徳田虎雄先生であり、多大な支援をもらいました。

当初、徳洲会グループにおいてはホスピス緩和ケアは関心はあったものの、実践する病院は当院以外には
ありませんでした。全国のグループ病院の方達が何人も見学に来られたり、新病院建設時には緩和ケア病棟
も開設したいという話があちこちから聞こえ、当院の病棟の図面やノウハウなどを教えても、緩和ケア病棟
開設にはつながらず、10年が経過していました。
しかしながら、その後の徳洲会グループにおいても救急医療だけでなく、がん医療も強力に推進する機運が
高まり、それに呼応するように緩和ケアも徐々に必要性が認識されていきました。そういう中で徐々にあち
こちの病院に緩和ケア病棟が開設されていき、自分たちの仲間が増えることにうれしさを感じていました。

何年か前から、前野先生が「そろそろ徳洲会グループでの緩和ケアの集まりをやりたいね。」という話が
持ち上がっていました。他の診療科では、心臓血管外科部会とか、脳神経外科部会や、また消化器グループ
の『Endo Club』なと魅力的な集まりが始まっていることがわかっていました。緩和ケアの集まりをやるに
しても、どこでどういう形がいいのかと模索していました。最初は、日本緩和医療学会や日本死の臨床研究会
などの年次大会に合わせて、徳洲会緩和ケア部会というものをやろうかということも考えましたが、場所や
また会うタイミングなどから、やはり学会期間は難しいなあと思っていました。
昨年、ちょうど札幌で第40回日本死の臨床研究会年次大会が開催され、前野宏先生が大会長で、当院が事務局
だったので、一瞬やってみようかと前野先生と話したのですが、あまりにもスケジュールがタイトなので
止めにしました。

そして、今年。春頃に前野宏先生から、「そろそろ徳洲会グループでの緩和ケアの集まりをやろう。」という
ことになりました。言い出しっぺは私たちですから、当院が事務局。場所は当院では狭すぎるので、札幌
徳洲会病院の部屋をお借りしようということで話が進みました。
前野宏先生が全体の構想を練り、全国の緩和ケア関係の先生方に講演の交渉を行い、あとは当院の事務スタッフ
がフォローするという形で始めました。
集まりの会の名称は徳洲会緩和ケア部会というのも何だし、『徳洲会緩和ケアセミナー』にしようという
ことになりました。
徳洲会は現在全国で71病院。緩和ケア病棟をもっている病院だけでなく、緩和ケアチームもあるので、
どれくらい参加者が集まってくるのか、まったくわかりませんでした。また当院が主催するという都合もあり、
11月3日という休日に開催することになり、全国から集まってきてもらえるのかという不安もありました。
しかし、実際案内状を徳洲会グループの各病院に送らせてもらうと、あちこちの病院からたくさんの参加
申し込みがありました。緩和ケアの集まりですから、もちろん多職種(医師、看護師、薬剤師、理学療法士、
ソーシャルワーカーなど)からの申し込みがあり、最終的には約55名もの参加者が集うことになり、開催側と
しても嬉しい悲鳴でした。

11月3日は朝10時30分から、札幌徳洲会病院の8階講堂カントコトロに全員が集合。当院からの参加者も
含めれば、80名物参加者があつまり、講堂はほぼ一杯になりました。前野宏先生の基調講演から
スタートし、当院のソーシャルワーカーの下倉さんによるMSWの働きについての講演。午後には、徳洲会
グループの各病院からの現状を話してもらいました。(全部で10病院)
前半は緩和ケア病棟をもっている病院、後半は緩和ケアチームが活動している病院。それぞれ、急性期の
治療を行いながら、患者さん・ご家族のために頑張っている様子がヒシヒシと感じられました。

その後、吹田徳洲会病院の馬場美華先生の生命予後のお話、千葉徳洲会病院の伊東理砂先生のスピリチュアル
ケアの実践のお話とためになる講演でした。

最後は、分科会に分かれ、医師、看護師、コ・メディカルと3グループに分けてそれぞれディスカッション
を行い交流を深めました。

閉会式では、前野宏先生がこういう会を徳洲会グループで開催することができ、また仲間との交流ができた
ことを感慨深く話しておりました。この会が今後も続いていくように話されていましたが、どうも来年も
札幌でやりそうです。\(^o^)/
札幌南青洲病院でこのような会を開催できたことも、大きなステップだっと思います。(色々な意味で)

懇親会は、アサヒビール園でジンギスカンを食べ、徳洲会グループでの緩和ケアの普及に頑張っていこう
と誓い合いました。

以上、第1回徳洲会緩和ケアセミナーの報告でした。

電子カルテ稼動2年経過

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いやー、大変ご無沙汰しております。すっかりブログの更新が途絶えております。何度か書きかけた原稿も
あったのですが、途中のまま日時が過ぎてしまい、もうアップしても仕方がないと思ってボツにしました。
ブログを書こうと思いながら、ついつい時間が経ってしまいました。
そして気がつけば10月の声を聞いてしましました。
あの暑かった夏もすっかりどこかに行ってしまい、気づけば9月。このところ一気に寒くなって来ました。
みなさんは元気にお過ごしでしょうか。

さて10月1日といえば、ちょうど2年前、病院の電子カルテが稼動した日でした。その前後は電子カルテが
うまく稼動してくれるかヒヤヒヤしていましたが、無事稼動。気づけば、この2年間大きなトラブルなく
来ています。もう電子カルテがあるのが当たり前の日々となり、紙カルテや点滴や薬剤の指示を紙でやって
いた時期が懐かしいです。

私たち医師に取っては、病院のどこでもデータの確認が出来たり、指示を出せたりしてとっても効率が
上がりました。また、一部の先生の字が悪筆で指示が読めないと看護師や薬剤師からよく言われていたので
すが、その点もすっかり解決しました。
もう電子カルテがないとやっていけない時代になりました。

次はこの便利になった電子カルテをもっと有効に使う方法を考えていかないといけません。日々の記録だけ
でなく、色々なデータを集めるにも簡単にできるので、その辺りの活用方法を勉強したいですね。

今週末は秋田で開催される日本死の臨床研究会年次大会に参加してきます。

病院祭のこと

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少し前のことですが、8月19日土曜日にふれあい病院祭を開催しました。今年はお天気にも恵まれ
ました。過去にはひどい土砂降りに見舞われたこともありました。
Facebookには写真が出ていますが、見られない方もいますよね。

たくさんの方が来場され、盛況でしたが、私の中でとても嬉しかったのが「きよっち」に会えた
ことです。今年は清田区が出来て20周年だそうです。清田区役所に問い合わせたところ、応援に
駆けつけてくれました。

20170819病院祭きよっち

二人で記念撮影です。 🙂

こどもの日と桜

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こんにちは。ゴールデンウィークももう終盤です。また仕事が始まると思うと憂鬱になってしまいそうですね。
最近は、ファイターズの事ばかりでうんざりしている人がいるかもしれないので、少しは病院のことを書きます。

5月5日はこどもの日でしたが、病院の昼食にこんなものが出ました。柏餅とかわいい兜をかぶった絵。病院の
栄養士さんが出してくれた粋な計らいです。絵は家に持って帰り家族に見せました。

 
20170505こどもの日

それから、すでに札幌では桜が満開ですが、病院にも桜の木が少しあるんです。数年間に関連病院の
静内病院から頂いた桜の木にこっそりと咲くんです。そんなにたくさんの花をつけずに、すぐに葉桜になって
しまうので見逃してしまうのですが、5月5日にはちょっぴり咲いていました。

 
20170505桜1 20170505桜2

春を感じる一コマでした。

皆さん、こんにちは。気温もぐっと上がり、春らしい陽気になってきましたね。
先週のうちにほぼ雪が融けたので、病院玄関の花壇もいよいよ春の準備が整った感じです。何か花が出てこない
かなと毎朝観察しています。

20170412玄関の庭

さて、言うまでもありませんが、我ら北海道日本ハムファイターズがまた負けました。せっかく札幌ドームで連勝
して気分良く仙台に乗り込んだはずなのですが、終わってみれば3連敗。同一カード3連敗がこれで、2回目
です。借金はなんと7になってしまいました。2012年に優勝した次の年も調子が悪かったのですが、今年も
昨年の優勝の後なので同じなの?という感じの流れです。2013年の時に開幕15試合では6勝9敗ですが、
今年は4勝11敗とダントツ最下位です。う~ん、苦しいですね。大谷君、中田選手がいないのは、将棋で言う
飛車角抜きで戦っているようなものですから。(と、家でつぶやいたら、『じゃ、レアード選手は何?』と切り
替えされ、答えられませんでした) 勝てないのも仕方ないと諦めるのかという気分です。
しかし、2007年のシーズンは5月の時点で最下位。しかし、終わってみればパリーグ優勝。まだまだ諦める
わけにはいけません。

一方、北海道コンサドーレ札幌は調子いいですね。J1で下位グループにはいますが、ホームゲームでは負け
ませんね。昨日も日本ハムファイターズは逆転サヨナラ負けですが、コンサドーレ札幌はきちんと引き分けて
いますね。勝ち点1をしっかり取っています。
コンサドーレ札幌もけが人が多いようですが、是非このまま頑張ってほしいと思っています。

と、またファイターズの話と思った人は申し訳ありません。工藤看護部長のビタミンブログに対して、私は
ファイターズブログですね。 🙄

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